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これまでにない「新しい材料」を生み出す。なぜなら、それがよりよい社会をつくるから。 小川由希子|WIRED.jp - WIRED.jp

マグネシウムとスカンジウムの合金が、彼女の手のなかにある。「実験の前段階、融点が異なる金属同士を溶かしてこの合金をつくるだけで、当初は試行錯誤でした」と、この合金を生み出した研究者の小川由希子は言う。「ボンッて爆発したことも……」と苦笑いする様子からは、これまでにない金属を生み出して実用へと橋渡ししていく苦労が垣間見える。

産休中に取材に応じてくれた彼女は、飾ることのない言葉の持ち主でもある。その話題は、まったく新しい材料をつくり出すことの社会的な意義から、女性研究者のあり方にまで広がっていった。

──形状記憶特性をもつマグネシウム合金を世界で初めて開発されたことで、世界的に注目されています。この合金は宇宙や医療といった先端分野での応用が期待されていますね。最初にお聞きしたいのですが、なぜこの合金を研究対象に選ばれたのでしょうか。また、マグネシウムという金属に寄せられている世の期待についても教えてください。

マグネシウムは実用金属のなかで最も軽く、しかも比強度(強度/比重)や比剛性(剛性/密度)がアルミや鉄よりも優れているんです。使いたいという要望はいろんなところでありますし、これまでも自動車部品やノートパソコンの筐体などに使われてきました。一方で使いにくい性質もあって、加工しづらいという問題点があるんですね。これを変えようというのが、わたしたちの研究の始まりでした。

優れた発想力と革新によって「新しい未来」をもたらすイノヴェイターたちを支えるべく、『WIRED』日本版とAudiが2016年にスタートしたプロジェクトの第4回。世界3カ国で展開されるグローバルプロジェクトにおいて、日本では世界に向けて世に問うべき"真のイノヴェイター"たちと、Audiがもたらすイノヴェイションを発信していきます。

──加工しづらいマグネシウムの特質とは、どのようなものでしょうか。

マグネシウムの結晶構造が加工しづらいんです。専門的には「六方晶構造」というのですが、簡単に言うと六角柱のような形をしています。形が均一ではないので、変形も均一にできないんです。このため局所的に大きく変形してしまい、バンッと一気に壊れてしまうようなイメージです。そもそも構造が悪いんじゃないか、ならば変えてやろう──というのが研究のスタートでした。

そこでわたしたちは、マグネシウム(Mg)にスカンジウム(Sc)を入れた「Mg-Sc合金」の開発にトライしました。温度や圧力などの量と物質の状態の関係を示す「状態図」という、金属の研究者にとって重要な“地図”のような図があります。「宝の地図」とおっしゃる先生もいるのですが、これを調べていったところ、マグネシウムにスカンジウムを入れてやると、サイコロのような形状をとる可能性があることがわかりました。

専門的にいうと、「相変態」[編注:金属という材料が固体という状態を保ちながら温度によって結晶構造を変化させること]をとれるようにした。そのうえでMg-Sc合金を冷却し、構造を変えて変形させたあと、加熱することで形が元に戻る。つまり、マグネシウム合金として世界で初めて形状記憶特性をもたせることができたことで、マグネシウムの使い方を大きく広げることができた、ということなんです。

小川由希子が開発した形状記憶特性をもつマグネシウム合金。マグネシウムとスカンジウムを組み合わせるという発想の転換が、新たな材料の開発につながった。

──なるほど。でも「構造を変えてやろう」と言っても、そう簡単な話ではありませんよね。早い段階から確信があったのでしょうか。

手がかりとなった状態図という地図そのものは、昔からのデータの蓄積によって描かれる図なので、それ自体が新しいものではありません。ただ、いろいろなパターンの図があるし、その図を見て「Mg-Sc合金なら構造が変えられるかもしれない」と思っても、実際に実験してみないと本当はどうなるかわからない。

しかも、相変態をとれるからといって、絶対に形状記憶が起きるという確証ももてません。やってみないとわからないので、とにかく実験あるのみ。出たとこ勝負で試しにやってみたら、「あ、戻った」という感じだったんです(笑)

──かなりの暗中模索だったのですね。

あまり科学的な表現ではないですが、とにかく「信じて、やる」という(笑)。どうせダメだろうと思うのではなくて、続けていったら面白いことが起きるかもしれない、という気持ちです。材料研究は時間がかかるし、実験、実験の積み重ね。特にわたし自身がコツコツ実験していくタイプなんです。もちろん疲れたりもします。でも、もう少し頑張ったら、その先に新しい現象が起きて、何かが掴めるかもしれない、って。

これはいまでもそうなんですが、「自分がやめてしまったら、この先に見えるはずの現象が見えなくなって、道が閉ざされてしまうかもしれない」という感覚があります。自分がこの未来をつぶしてしまうわけにはいかない、だったらもっと頑張ろう、と。

──博士課程2年目のときに、モニターに映るデータを見てハッとした、というエピソードがありますね。

そのとき、形状記憶が起きていることに気づいたんです。低温の条件下で、Mg-Sc合金を引っ張って離すと元に戻るのか、超弾性という形状記憶の一種が起きるのかを実験して、描いたグラフを見ていたんです。出たとこ勝負だったのですが、その結果を示したグラフが明らかに形状の回復を示していて、「あっ!」って。一緒に研究していた先生は、ビックリして固まっていました。わたしも「これって、戻ってますよね……?」という感じで、ふたりで衝撃を受けました。

──そこから形状記憶特性のあるMg-Sc合金が開発されていった、と。今後の応用分野としては、宇宙で使用される材料や、医療での活用が期待されているようですね。

はい。宇宙での活用というのは、例えば人工衛星のフレーム、羽の部分ですね。マグネシウムはとにかく軽いので、打ち上げのコストを低減できる。さらに形状記憶特性があるので、ギュッと押し縮めておいて、飛ばしたときに自動的にパッと開くような使い方ができます。

医療分野では、特にステント[編注:人体内の管状部分を内側から押し広げる器具]です。マグネシウムは生分解性がある、つまり体内で溶けるし、しかも毒ではないので、マグネシウムをステントに使用するという研究は行われていました。そこに形状記憶が加われば、まさに人工衛星のフレームと同じように、ギュッと縮めた状態で体内に入れて、パッと管を広げてくれるわけなんです。

──なるほど、マグネシウムならではの特性をこれまで以上に生かせるわけですね。小川さん個人は、なぜマグネシウムの研究に進んだのですか。

実はちゃんとした理由じゃないんです。学部時代から研究室に入ったときまでは、半導体材料の研究をしていました。そこから博士課程に進むとき、ドクターまで目指すんだったら、まったく違う金属もやってみたい、と思ってマグネシウムを選んだんです。

研究者になる自信がないまま、実験が好きであるという思いでここまで来たのだという小川。地道な作業の積み重ねが、新たな発見へと彼女を導いた。

──自らが研究に携わった金属が実用に至ることで人の役に立ちたい、という思いがあると別のインタヴューで語っておられました。そういった思いを、どこから抱くようになったのでしょうか。

せっかく生まれてきたんだったら人の役に立ちたい、という思いはもっていました。小学生のときに祖母ががんで亡くなって、それから薬学や医療に関心をもったこともありました。大学で材料工学を選んだのは、なんとなく面白そうというだけで……申し訳ないんですけれど。ものづくりのすべては材料からできているので、いまでは本当に重要な研究だと思っていますが、当時はそこまで深く考えていませんでした。

研究者になれるという自信も、まったくありませんでした。ただ、やってみたら実験が本当に面白くて。ちょっと条件を変えるだけで、物質の特性がコロッと変わる。仮説の答え合わせをするというよりは、急に面白い結果が出てくるようなことに興味があったんだと思います。ひとつ実験をすると、ある現象が見えてきて、それなら次はこうやってみよう、次は……とずっと続いていくような感じで、いまにたどり着きました。

わたしは天才肌でも、なんでもないんです。本当に普通の人間で……。研究者というと、すごく頭がいい、優秀な人がなるというイメージがあるじゃないですか。博士課程に進むとき、職業としてやっていけるのかすごく迷ったんですが、先ほどお話した先生が「いばらの道だとわかっていても迷うということは、それはやりたいという証拠なんだ」とおっしゃってくださって。実験は好きでしたから、それなら誰にも負けないぐらいやろうと、決断しました。

──「ロレアル-ユネスコ女性科学賞 国際新人賞」の受賞スピーチでは、日本の社会には性的な役割分担といったステレオタイプな価値観がまだ強く根付いていて、女性のキャリアを阻んでいる……といったことも指摘されていました。

もっと女性が活躍できる場が増えて、男女問わず住みやすい社会がつくられていけばいいなと思っています。ただ「男性がやってきたことを女性にも」という無理やり平等にしていくやり方には、難しさも感じるんです。わたしのなかにも解はないんですが……。

それはわたしがいま、妊娠と出産を経験してみて思ったことなんですね。自分の体がすごく変化した。研究者は出産から数カ月で復帰される方がほとんどなのですが、わたしの場合は出産直後は動けないくらいでした。「本当にこれで復帰できるの?」と思ったくらいで。

研究は状況が日々刻々と変わっていきます。最先端にいる人たちは、たとえ一日でも休んでも、先を越される論文がパッと出るかもしれない、という感覚があると思います。わたしは1年の育休をとる予定なんですが、研究は休みたくない、でも子どものことを考えると長く休んであげたい、という気持ちがあります。

──そのうえで新しい価値観が自然と社会に醸成されるといいですね。

そうですね。理系に進む女の子が少ないというのも、なんとなくその分野は男の子のもの、というイメージが刷り込まれているからじゃないか、とは思います。わたしからすると「なぜ?」という感じです。大学に入るまで数学はまったく得意じゃなかったですし、理系に行って大丈夫かなと思っていたけど、とても面白かった。研究者は研究者ですし、なぜ女の子が興味をもたないのか不思議なんですが。

わたしの育休が明けたとき、生まれた男の子に寂しい思いをさせないかな、という不安はもちろんあります。でも母親の姿を見て、女性も当たり前に働くんだという感覚をもってもらいたい。そういう感覚を当然だと考えて育ってくれれば、将来的には女性研究者も当たり前だと思ってもらえるような社会に一歩近づいていくのかな、と思っています。

自らが生み出した新しい金属が、実用化されていくところを見たいのだと、小川は語る。「まだ生まれたての赤ちゃんを、ちゃんと実用の段階まで成長させたい」と意気込んでいる。

──なるほど。まだ研究に本格的に復帰されるまでには時間がありますが、今後の課題と展望をお聞かせください。

Mg-Sc合金の形状記憶効果が出るのは、まだ低温の条件下だけであるところを解決したいですね。強度や耐食性という面にも、もっと取り組んでいきたいです。そのヒントは掴みかけています。

そしてせっかく生み出した材料なので、実用化されるところを見たいですね。そこまでいけたら研究者冥利に尽きるというか、死ぬまでに一度は実用化されているところを見てみたい。工学ですから、最終的には実用化されること、人の役に立つことがモチヴェイションです。まだ生まれたての赤ちゃんを、ちゃんと実用の段階まで成長させたいですね。

材料というのは目立たたない存在ですが、縁の下の力もちのようなところがあります。わたし自身も、そうした縁の下の力もちのような研究者になりたいです。

──材料と社会の関係を、どう捉えておられますか。

これ以上、世の中が便利になる必要はない、という考え方はあるでしょうし、わたし自身そう感じることもあります。でも、そこですべてをストップしてしまったら、人間は生きていけないと思うんです。新しいものをつくって、売ったり買ったりする流れが社会をつくっているならば、新しいものをつくるという人間の行いは、おそらく止まらないはず。だったらそこに、常に材料のニーズはあると思うんです。

例えば、「どこでもドア」が欲しいとなったら、それをつくるための材料が必要になる。そのニーズに応えられるような材料を見出していくための基礎研究が面白いと思います。ないものを新たに生み出す、ということですね。

とはいえ、そんな偉そうなことをやっているわけではないんです。本当に単純作業なんですよ……(笑)

Audi Story 16

いつでも「青信号」で進める日がやってくる

クルマがいつでも青信号を通過できるように、最適な走行速度をドライヴァーに教えてくれるシステムの導入をAudiがスタートさせた。当初はドイツの一部都市に限定されるが、2020年以降は欧州のほかの地域にも広げていくという。この技術は信号機などの交通インフラと車両とをデータ通信で結ぶシステム「Traffic Light Information」によって実現したもので、将来的には収集した自動車のデータに基づいて信号を制御することも想定している。これらの技術は来る自動運転の時代においても、確実に役立つことになるはずだ。(PHOTOGRAPH BY AUDI AG)

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