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この世界に“バグ”を生み出す。それはいつか、進化になる。 やくしまるえつこ|WIRED.jp - WIRED.jp

深夜の東京・六本木。「未来と芸術展」が開催されている森美術館で、やくしまるえつこの作品『わたしは人類』は、冷蔵庫の中で緑色に光っていた。冷蔵庫の中の微生物『わたしは人類』を展示するためには毎回、経済産業省大臣の認可をとらなければならない。決して危険なものではないとはいえ、既存の生態系にはない遺伝情報をもつ“新生物”である「わたしは人類」が外部に流出した場合、生態系を壊しかねないだからだ。既存のアーティストの枠組みには、とうてい収まらない存在──そんなやくしまるえつこに訊いた。

──『わたしは人類』は、微生物シネココッカスの塩基配列を基に楽曲をつくり、DNA変換をして微生物に組み込んだ作品です。音源と遺伝子組換え微生物の両方が作品である『わたしは人類』ですが、このような発想はどこから出てくるのでしょうか。

まず興味の対象として記録媒体というものがありました。やくしまるの活動もいろんな記録媒体を使って物語を進めています。記録媒体はそれ自体はただのデータで、読み込んだものにストーリーを委ねます。その存在の仕方は自分にも通じるものがあると思うからです。人間もただの遺伝情報の羅列です。人間の言葉や表情、立ち振る舞いは一定ではないけれど、遺伝情報はよりプライヴェートなデータでありながら、自分ではなかなか書き替えることはできない。だからこそ信用できる。なので遺伝子から音楽をつくり、DNAを記録媒体にすることに純粋に興味がありました。

優れた発想力と革新によって「新しい未来」をもたらすイノヴェイターたちを支えるべく、『WIRED』日本版とAudiが2016年にスタートしたプロジェクトの第4回。世界3カ国で展開されるグローバルプロジェクトにおいて、日本では世界に向けて世に問うべき"真のイノヴェイター"たちと、Audiがもたらすイノヴェイションを発信していきます。

──確かに人間の言葉や表情という曖昧な情報よりも、遺伝情報のほうが信用できるということですよね。

そうですね。まずやくしまるは自分のことに興味がありません。人間、ヒトというくくりに対しても愛着は希薄なほうだと思います。人類は、まるで万物の霊長であるかのように振る舞いがちですが、あくまでひとつの種族でしかない。自分の音楽活動もそうですけど、ある日、自分がほかの何かにすり替わったとしてもまったく構わないと思っています。役割さえこなしてくれれば、自分ではない誰かになろうとまったく気にしません。

なので『わたしは人類』は、人類をすげ替えるような“工作”でもあるんです。微生物に「わたしは人類」と言わせて、人類が滅んだあとの時代に、それをもし読み解いた“何か”がいたとして、「わたしは人類」と言っているこの藻が人類だと認識されるかもしれない。それはとても心が躍りますけど、すごく暴力的なことをしているなとは思います。

──信用できるものとは、不変なデータのようなものでしょうか。

森美術館で開催している「未来と芸術展」のやくしまるの『わたしは人類』の隣に、「ゴッホの左耳」が展示されています。音は脳で変換されて声や音声として聞こえますが、あの作品は脳で変換される前の音が流れている。こういうものもすごく信用できるというか、安心感や親近感が湧きます。人間は、変換したり補完したりする生き物なので、どうしても個人差が出てきてしまう。だからこそ、自分が出したものに関してはどうとられてもよいと思っています。

人類という種族のくくりのなかで、個体値はどうなのか、という差異を観測する意味でそれぞれの人間に対して興味はありますが、基本的には人類という“くくり”では見てしまいますね。

「『わたしは人類』は、人類をすげ替えるような“工作”でもある」と、やくしまるえつこは言う。人類が滅んだあとの時代、「わたしは人類」と言っている微生物のことが人類だと認識されるかもしれないからだ。

──これまでの楽曲では、地球や宇宙という視点で真理のようなものが描かれていたことが多いように思います。

昔から一人称的なことに対する興味が希薄なので、自分の想いだとかは描けないなと思っていました。そこにリアリティを感じることがないからです。なのでどうしても俯瞰で見たストーリーや、時間の流れ、惑星単位などの視点になってしまう。

──確かにこれまでも“個人的なこと”は全然歌っていないですね。

例えば制作についての“想い”を聞かれても、基本的には何もない。いま音楽をやっていますが、音楽家になりたくて音楽家を目指したわけでもないし、昔からなりたいものといえば家電になりたいくらい。なかなか家電にはなれなくて。悔しいです。

──家電になりたいというのは、どういうことでしょうか?

人間は自分を動かすような何かに触れたとき、「これを極めたい」「これになりたい」「自分はこの手法でいく」というようなことがあると思いますが、やくしまるの場合は家電に反応してしまったんです。だいたい何かを相談するときは冷蔵庫のところに行きます。冷蔵庫の隣にいる状況が自分にとってはしっくりくる。蛍光灯やエアーコンダクターの音など、家電が出している音にずっと親しみを感じているんです。家電は常に一定ですから。そういうところに惹かれているのかもしれません。家電は裏切らないので。

──確かに冷蔵庫は家の中ではいちばん存在感があるし、重量感もある。電源さえ入っていれば常に冷やし続けてくれるという安心感がありますね。

冷蔵庫はほかの人にとっての人間に近いのかなと思います。ちゃんと中には臓器が入っていて体温もある、疑似的な人間みたい。そういう点でいちばん近いところにいる気がしますね。

──幼少期から家電に興味をもっていらっしゃったんですか?

そうですね、子どものころから電話も好きでした。受話器を上げるとプーッと鳴る、それだけで満足でした。上げてプーッと鳴るのはどんなときでも“間違わない”ですよね。受話器を上げればいつでも一定の音がするから安心する。そのことが何よりも喜びだった。何度も何度もやっていましたね。

深夜の美術館で、やくしまるえつこの作品『わたしは人類』は、冷蔵庫の中で緑色に光っていた。冷蔵庫の中の微生物『わたしは人類』を展示をするためには毎回、経済産業省大臣の認可をとらなければならない。決して危険なものではないとはいえ、既存の生態系にはない遺伝情報をもつ“新生物”が外部に流出した場合、生態系を壊しかねないだからだ。

──創作の原点はどのようなものでしたか。

時計だとかいろんな機械を直したことでしょうか。幼稚園のころの将来の夢が「修理屋さん」だったんです。物をつくるという意識よりは、最初は物を修理する、再生させることから始まりました。

──修理ができるということは、物の仕組みをわかっているということですよね。

そうですね。壊れてない物でも解体して、解体するときに順序を覚えて、きれいに元通りに戻すということをしてました。そういうことでコミュニケーションをとっていましたね。よくわからない機械をもらって、それを壊して直して戻すという。

──幼少期から一貫していますね。人間は曖昧だけど、物や家電は裏切らない。そう聞くと、何か人間の裏切りのようなものに遭ったのではと安易に考えがちですが、決してそうではないわけですよね。

そうですね。人間の曖昧な感受性や曖昧な表現、印象に裏切られたと感じたことは一切ないから、そういうきっかけもありません。最初からそういうものは妄想で、個人のストーリ-であると認識していたので、だからこそ自分には関係のない世界だとわかっていたのだと思います。

個々人の世界は、自分にとっての事実ではない。自分にとってのワールドではないので、別の座標、ほぼパラレルワールドだと思うんです。他人に世界がどう見えているかはわからないですし、干渉できるとも思わない。だから自分の出したもので世界や誰かをどうこうしたいともまったく思いません。

ただ、何かのいたずらができればいいなとは思っています。小さいころ、よく外出先で、席についたテーブルの裏に、地図や暗号みたいなものを貼っておいたんです。基本的には、やくしまるにとって何かを世界に放つことは、そういう一種のパラレルワールドに対する“特異点”をつくるようなものです。いたずらをする感覚でやっています。

──音楽を発表したり、アート作品を制作するときは、やくしまるさんはプロデューサー的な役割をしていますよね。

確かにすべてを掌握しているように思われるし、普通に考えれば実情はそうなのかもしれないです。自分には実験みたいなことが性に合っていて、物事の仕組みを理解したかっただけなんですけど。仕組みがわかればいちばん効果的に物事を進められる手順がわかるから。きちんと観測していれば、何かエラーが起こったときに、どのポイントまで戻ればいいかがわかるし、それがわかっている人がいれば実働する人たちが動きやすいですよね。

結局、人間の細胞や遺伝情報は、設計図やマップがあり、その通りに動くことを実行するプログラミングです。やくしまるの場合、「自分、対、何か」という感覚が希薄なので、マッピングしてプログラムやコードに置き換えてその世界をとらえている。それをするために自分自身が観測者の立場として、自分も他者も含む世界のいろいろなものを俯瞰しておかないといけない。そのほうがアクセスしやすいから。

やくしまるえつこは、「自分、対、何か」という感覚が希薄で、マッピングしてプログラムやコードに置き換えてその世界をとらえているのだという。このため観測者の立場として、自分も他者も含む世界のいろいろなものを俯瞰して見ている。

──見ておかなければならないものとして、通常人間がかかわる社会があるとは思いますが、やくしまるさんにとって、社会と接続することはどういうことを指しますか。

社会との接点という意味では、自分にとっては音楽をやっていることが最大の社会活動だなと思います。みなさんが通勤電車に乗って会社に行くような感じです。音楽はかかわる人の数が多いですし、見るべき、観測すべき対象も多くて、それは社会だなと思いますね。やくしまるは普段、自分の種族が人間であることにあまり意識は向いてはいないのですが、音楽をやって社会と接続することで、相手は自分のことを人だと思っていることを思い出します。

自分ひとりでできる作業であれば、自分のことを何と捉えていてもかまわないと思います。でも、例えば音楽をつくっている現場で「わたしは家電なんです」「これから家電としてものを言います」と言っても普通は伝わりません。社会に接続することは、たくさんの他者がつくったパラレルワールドの登場人物になることかなと思います。

そんな社会活動のなかでも、自分を含め、人間を人間としてとらえないという視点で物事を動かすこともあります。レコーディングの現場であれば自分は楽器だと思って録音しています。ほかのメンバーやプレイヤーに対しても、欲しい音によって体勢を変えてもらったりします。例えばギタリストが座って弾いているときに、立って前傾姿勢で弾いてくれとか。結局肉体という物質を使って音を鳴らしているので、楽器が形や材質によって音が変わったり、スピーカーも仕組みによって音が変わるのと同じで、人間もそう。何かを弾いたり歌ったりするときは、自分は音を出す物質だととらえて音を出したり、指示したりしていますね。

──いま、遺伝子操作はもちろん、バイオテクノロジー以外でも、さまざまな研究が未来に向かって進んでいます。やくしまるさんがやりたいことも、今後幅広くできるようになると思いますが、いま注目しているものなどはありますか?

できるだけ引きこもりたいです。割とすぐ可能になるとは思いますが、打ち合わせやライヴなど、外に出なくてはいけない用事は、疑似的なロールプレイボットやアヴァターで済ませられるといいですね。自分よりも対人に関しては、対人型ヒューマノイドの自分のほうがうまく接してくれそうですし。

人の役割は複雑で複合的ですが、例えばステージに立つやくしまるえつこというものに対して求められる役割というように、個体を複数のロールに分ければ、条件を明らかにして学習してこなす自動ロールプレイは可能だと思います。自分がやってもどうしてもノイズやバグは発生するので、自分よりももっと効率化できる可能性がある。ですからまったく自分と同じである必要はありません。

ただ、難しいのはノイズやバグを除去した瞬間、プログラムが急に動かなくなることはよくある話です。すごくきれいに整理したものが動かなくなる。遺伝子の突然変異も同じで、バグなどの、余計なものと思われていたものが進化のきっかけになったりする。それは「特異点」みたいなものかもしれなくて、机の裏に貼られた地図は誰かにとって、バグとして作用してバグとして除去されるかもしれないし、もしかしたらそれが何か進化のきっかけになりうるかもしれない。そういう意味では、効率化を考えてこの機能だけを果たせばよいと思ってつくったクローンやAIが本当にその機能を果たせるかというのは、難しいところだと思いますね。

バグなどの余計なものと思われていたものが進化のきっかけになるかもしれないと、やくしまるえつこは言う。

──難しいですね。あったほうがいいと認識されたらバグではない。

遺伝子のなかには、何の遺伝情報をもっているのか、まったく意味をなさない配列が結構あるんです。長いコードのなかで「この部分はこの機能を形成する」というような遺伝情報がある一方で、「じゃあこの部分は一体何を示しているのか」というわからない部分がある。

一見、何の機能も果たしていない。でもなくしては働かなくなる。最近は「これはちょっとしたスイッチの役割を果たしているのではないかな」と思うようになりました。自分には何もないと思わせて機能を隠しもってるのは面白いやつだなと思いますね。必要がないと思われたら自分の存在は進化の過程から切り離される恐れがあるにもかかわらず、ぎりぎりのラインでそこに忍び込んでいるのは、すごく尊敬しますね。真似したい。

──最後に、未来について聞かせてください。やくしまるさんの場合、歌詞のなかでは地球が滅んだり、人類は滅亡していますが、滅亡前の最後の人類はどういうものだと思いますか。

愛し合っていてほしいです。プログラムの支配下で完全に効率化された生活を送っていたとしても、そこをはみ出して、そのプログラムを外れても好きな人と愛し合いたいとか、そういう人類の意地を見せていただきたいですね。

やくしまるはバグのようなノイズに憧れがあるので、世界を大きな遺伝情報やプログラムのように引いて見たときに浮かび上がってくるエラーのようなものに対して、何かを起こしてくれるのではという期待感がある。バグがない世界はテーブルの裏に地図が貼ってない世界です。やくしまるはやっぱり、地図を貼りましたからね。

Audi Story 19

「技術による先進」の第2幕

Audiにとってモータースポーツとは、長らく「技術の実験室」として機能し続けてきた。その栄光の歴史は、電気自動車(EV)の時代になっても変わらない。EVのF1と称される「フォーミュラE」の2018/2019シーズン最終戦が7月に開かれ、「Team Audi Sport ABT Schaeffler」はチームランキング総合2位を獲得したのだ。モータースポーツで技術を磨いて量産車にフィードバックする好循環は、すでEVにおいても始まっている。モーターやバッテリーなどの小型軽量化と出力強化が進み、EVがもっと遠くまでパワフルに効率よく走れるようになる──。そんな「技術による先進」の第2幕は、まさに始まったところだ。(PHOTOGRAPH BY AUDI AG)

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