[ロンドン 4日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 没個性で融通のきかない官僚をばかにするのは簡単だが、快適な現代生活を享受しながら批判するのは、あまりに不公平というものだ。新型コロナウイルスの感染が世界中に広がる今、何百万人もの人々が遅まきながら「合法的支配」の美徳を学んでいる。
この言葉はドイツの社会学者、マックス・ウェーバーが提唱した。ウェーバーは20世紀初頭の著作で、規則に従い、能力主義に基づく行政組織構造は近代の素晴らしい制度だと指摘。情動に結びついたカリスマ的指導者や、世襲制の伝統的指導者と対照してみせた。興奮を望むならカリスマを支持すればよい。しかし何百万人をも対象にした感染症の最先端の検査や治療法の解明など、仕事を実行したいなら官僚制が必要だ。
複雑な現代社会では、多くの仕事を同時に実行する必要がある。だから現代社会は官僚組織に依拠している。数え切れない書類や会議、ルール、手続きが必要になり、活気あふれるビジネスの世界とは対極のように見える。先日死去した米ゼネラル・エレクトリック(GE)(GE.N)の元最高経営責任者(CEO)、ジャック・ウェルチ氏の口癖は「官僚は冷笑され、排除されなければならない」だった。
しかし製品の安全性確保や的確な販売、品質基準の順守には大勢の事務職の仕事を必要とする。規則に従って働き、技術革新を取り入れて環境変化に対応する彼ら、彼女らの協力作業により、数十億種類もの商品が世界中に流通している。
彼ら、彼女らは停電から感染症の流行に至るまで、想定外の問題にも対処しなければならない。こうした問題はあまりに複雑なため、ほとんどの政府は危機対応を専門とする組織を少なくとも一つは設けている。米連邦緊急事態管理局(FEMA)が2005年にハリケーン「カトリーナ」への対処で失態を演じたように、こうした専門機関が緊急時への対応を誤ると、その打撃は計り知れない。
新型ウイルスの感染拡大に対する米疾病対策センター(CDC)の対応も失敗だったようだ。2月28日までに、米国で新型ウイルスの検査を受けていたのはわずか459人。米国より小さく、経済国として格下の韓国では6万5000件だ。感染拡大を抑制する唯一の方法が早期検査と有効な隔離政策である以上、対応の遅れは人命に関わるだろう。
責任の所在を1つに絞るのは難しいが、医療行政への投資に消極的だったことが影響したのはほぼ間違いない。例えば米政府は2018年、未曽有の危機に対応する「複雑な危機ファンド(FCNL)」を廃止した。10年以上前から、CDCへの資金拠出の増加率は物価上昇率を下回っている。資金は士気に影響する。常にコスト削減に脅かされている組織からは、優秀なメンバーが去って行きがちだ。
中国は強大な国家権力を使い、新型ウイルスとの戦いを有利に進めている。中国共産党の人民を管理する巧妙な技術が数百万人の封じ込めを可能にした。
これは中国の官僚制が持つ「良い」面だ。しかし初期対応では、指揮系統に悪いニュースが流れるのを本能的に嫌うという負の側面が出たようだ。行政が感染拡大を否定し、対応が後手に回ったことで、重要な数週間に感染拡大を許してしまった。
賄賂と同様、柔軟性や能力の欠如、そして根拠を欠いた楽観的思考は官僚制に常につきまとうリスクだ。上司は部下が悪い報告をもってくることをーーそれが職務を果たしているだけであったとしてもーー非難しがちだ。中国では問題を指摘することが政府への批判と受け止められかねない。
他の国々が、中国よりうまく新型ウイルスの感染拡大に対処できるかどうか判断するのは時期尚早だ。官僚の能力は平均所得との相関がかなり強いため、一般に貧しい国々の方が対応はずっと悪くなる。従って、ウイルスの世界的な拡大を止めるのはもう手遅れかもしれない。正真正銘のパンデミック(世界的大流行)となれば、医療制度に非常な負荷がかかり、通常の経済活動は困難になるだろう。対応できる権力と能力を持つのは、政府の官僚制度だけだ。
確固とした政治指導力がなければ、行政機関の超人的な仕事も実を結ばない。しかし今、強く、人気があり、官僚的な実務に明るい指導者は不足している。トランプ米大統領とジョンソン英首相はウェーバーの言うカリスマ的政治がお好みのようだし、選挙で勝てたのは彼らの反官僚的な話しぶりが支持された側面が大きい。
医療・物流分野の有能な専門家の多くが、その能力が最も必要とされる政府機関で働いていない可能性も高い。大学を含む民間から有能な人材を動員すれば、危機対応に役立つかもしれない。
しかし今回のような危機に対応するのに最適なタイミングは、危機が起こるずっと前だ。知識を蓄え、専門能力を育み、協力の方法を学ぶ必要があるが、それには何年もの歳月を要する。次の危機が訪れるまでには、より良い官僚体制が整っているかもしれない。しかし目下の感染拡大には間に合わない。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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