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うな丼に未来はあるか? - 読売新聞

 新型コロナウイルスを警戒しつつ暑さを乗り切ろうと、この季節、滋養強壮にウナギを食べる人は少なくない。ウナギの食文化は広く浸透しており、しかも今夏は「土用の丑」の日が7月21日と8月2日の2回ある。ところが近年はニホンウナギが減少し、ファストフードの手軽な大量消費食材にもなって、ウナギは将来食べられなくなるのではないかという懸念もある。ウナギ資源は今どうなっていて、何が問題なのか、天然のウナギに頼らない完全養殖技術はどこまで進んでいるのかを探り、うな丼の未来を考える。

 ニホンウナギの生態は長年よくわかっていなかった。太平洋での誕生直後に「プレレプトセファルス」という名で呼ばれる赤ちゃんウナギは、成長の過程で「レプトセファルス」と名を変え、さらに「シラスウナギ(シラス)」という名前の稚魚に育って黒潮などの海流に乗り、日本や台湾、中国、韓国の沿岸部に流れ着く。このシラスウナギの一部を養殖用に捕獲する。外食店やスーパーに並び、私たちが普通に食べるウナギの大半はこの養殖モノだ。そして、捕獲を免れたシラスは「クロコ」と呼ばれる黒い体に変わって河川や河口域に5年以上も住み着き、成長段階に応じて「黄ウナギ」「銀ウナギ」と名前を変えていく。この銀ウナギが太平洋に戻って行く。

 ウナギの一生はこのように推定されてきたものの、どこで産卵するのかは不明のままだった。大発見の報が届いたのは9年前のこと。「ウナギ博士」と呼ばれる塚本勝巳東京大教授(当時=現・日本大教授)らの研究チームが長年にわたって「ニホンウナギのふるさと」を探し続けていたが、調査開始から38年後の2011年に、マリアナ諸島付近の海域が産卵場所であることを突き止め、論文発表した。

 それでも、ウナギにはまだ解明されていない謎が多い。産卵場所がマリアナ海域である理由や、日本からマリアナ海域までのルート、なぜ迷子にならずにマリアナに戻れるのかなど、生物学的に見てわからないことだらけだ。

 実はウナギ問題の核心とも言える「ウナギは絶滅するのか?」という疑問も、正確に答えられる人は誰もいない。

 そもそも基礎データとなるウナギの生息数がわからない。漁獲量の減少傾向から「これまでに乱獲された影響が表れている」とする主張があるものの、全体の資源量となると、漁獲されなかったウナギがどれくらいなのかが把握できないために、科学的正確さには欠けてしまう。

 それでも、主に欧州連合(EU)域内にいるヨーロッパウナギは乱獲によって明らかに激減し、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関・国際自然保護連合(IUCN)は08年にレッドリストを改訂し、最も危険度の高い「絶滅危惧IA類」に指定した。そして14年にはニホンウナギが2番目に危険度の高い「絶滅危惧IB類」に指定された。環境省のレッドリスト収載(13年)に続いての事態に「ウナギ・ショック」と呼ばれた。ちなみに、IB類の動物にはトキやジャイアントパンダも含まれる。

 となると、「絶滅の恐れがある生き物を食べてもいいの?」という根本的な疑問が生じる。だが、ご安心いただきたい。結論から言えば「構わない」ということになる。レッドリストへの掲載はあくまで警告であって、国際的にも国内的にも、私たちの行動を制限したり、何かを強制したりする効力はない。ウナギは「子どもを産んで増える」生き物なので、「増えるスピード」を超えないように「食べる量」を抑えればよく、バランスが肝心だ。

 一方、「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約)は09年、ヨーロッパウナギを附属書(2)(取引を厳重に規制しなければ絶滅の恐れのある種)に掲載した。条約の締約国会議は2~3年に1度のペースで開催されるが、19年8月にスイスで開かれた第18回会議でもニホンウナギの附属書掲載に関する議論は行われなかった。ただ、同条約動物委員会が勧告していた「ニホンウナギを含むウナギ類の持続可能な取引の確保に関する決定」が、第18回会議の議論を経て採択された。

 この決定には、ヨーロッパウナギ以外のウナギ類が生息する国に対して推奨される施策が挙がっている。

 具体的な推奨施策は次の3点だ。
 (1)資源を共有する関係国・地域と協力して共通の管理目標などを設定する。
 (2)資源状況のモニタリングを行う。
 (3)貿易に際してのトレーサビリティー(履歴管理)の改善に努める。

 条約事務局への報告という項目も含まれており、ニホンウナギの取引に対して厳しい視線が注がれるようになっている。

 日本は12年から、シラスが沿岸で獲れる中国、韓国、台湾と年1~2回のペースで4者協議し、養殖量に個別の上限を設定するなど国際的な資源管理を続けている。今年4月に予定した協議は新型コロナウイルスの感染拡大で中止されたが、外交ルートを通じ、養殖量の現状維持は確認した。

 日本の沿岸部に流れ着いたシラスは、知事の特別許可を受けた漁業者が量的制限の枠内で捕獲し、養鰻(ようまん)業者に売り渡す。業者は半年~1年育ててから出荷する。

 シラスは長さ約6センチ、重さ0.2グラムと小さく、少量の水があれば持ち運びができる。また、漁業者が全国で2万人を超え、1日あたり、1人あたりの漁獲量が数グラムと小規模・零細であることから、漁獲の時点で正確に資源管理するのは極めて困難だとみられる。

 ただ、シラスはどこで誰が獲り、誰に売ったとしても、最終的には養鰻業者の養殖池に入ることから、養殖量については「池入れ量」という特別な呼び方をし、このデータで資源管理をしっかり行う建前になっている。ウナギ資源の増減を論じる際に、主として引き合いに出される数字だ。

 水産庁によれば、シラスの池入れ量は昭和50年代後半から低い水準にあり、近年はさらに減少基調だという。シラスの漁期は前年11月~本年4月というのが標準で、昨期(2018年11月~19年4月)の池入れ量は3.7トンと史上最少だった。

 この歴史的不漁が広く報じられたこともあって、「ウナギ=食べられなくなる」というイメージが膨らんでしまった感がある。

 ところが、今期(19年11月~20年4月)は一転してシラスが豊漁だった。水産庁のまとめでは、国内漁獲の池入れ量は17.1トンと昨期の4.6倍。一部の県では養殖池の受け入れ上限量を超えそうになったため、4月末を待たずに漁期途中で池入れを切り上げた。

 シラスの漁獲量は、史上最悪の不漁から豊漁に転じるなど、年ごとの変動が大きい。変動の理由については、太平洋の海流や海水温といった海洋環境の変動や、日本国内の河川や河口域の生息環境の影響がある―との推測はあるものの、なぜ豊漁・不漁が起きるのか根本的な原因はわかっていない。このため、今期が豊漁だからといって、シラスを獲れるだけ獲っていい、という話にはならない。

 全体の生息数が不明で、豊漁・不漁を分ける要因もよくわからない……。こうした背景からウナギは、シラスの資源管理が注目される。ところが、この実態も霧の中にある。

 シラス漁では漁業者に漁獲の報告義務が課せられている。シラスの国内漁獲報告量は昨期、2・2トン。しかし、同じ時期の池入れ量が3.7トンだから1.5トンも報告漏れがあった。「皆が正直に報告するはず」という前提の性善説に基づいたシステムの限界とも言え、過少報告や不正転売、密漁など不適正な状況が放置されたままになっている。

 一件一件の漁獲報告を徹底的に追跡調査して数字の矛盾を突けば不正が明るみに出そうだが、漁期が終わって最終的に全国の数字をとりまとめたら、今期も池入れ量が建前上の漁獲量をオーバーしていたという事態が毎年繰り返されている。

 密漁パトロールを強化したり、不正報告者には翌年の漁を許可しないペナルティーを科したりするなど、水産庁は各県に事態の改善を指導している。

 ただ、それでは手ぬる過ぎるのだろう。不正行為は後を絶たず、高知県安芸市では昨年12月、シラスをビニールハウス内のたらいに入れ、無許可で保管していたケースが発覚。県警が県漁業調整規則違反の現行犯で10人を逮捕する事件も起きた。

 後述するように、シラスは「高額で転売されるのに比べて罰則が軽すぎる」とかねて指摘されてきた。そのシラスの密漁について、ようやく水産庁は漁業法の処罰対象に加える策を打ち出した。現行の「県漁業調整規則」違反による罰則の上限は懲役6月または罰金10万円だった。それを、法定刑の上限を大幅に引き上げた懲役3年または罰金3000万円とし、2023年から適用する方針だ。

 国内の需要は養殖モノのシラスだけで年間約1億尾と考えられている。需要をカバーできない分は輸入でまかなうことになる。財務省の貿易統計によれば、昨期のシラス輸入量は11.5トンで、これも国内業者の養殖池に入れられる。建前上、この取引は合法であり、水産庁の国内漁獲量は先述の「池入れ」総量からこの輸入量を引いた数字になっている。

 輸入先を見ると香港からのシラスが90%以上を占める。中央大准教授で同大学研究開発機構の海部健三・ウナギ保全研究ユニット長は、香港ではシラス漁が行われていないことなどを勘案すると、「これらのシラスは台湾や中国本土から香港へと密輸されたものであることが強く疑われる」と指摘する(注1)。

 なお、台湾はシラスの輸出を禁じている。中国本土からは、輸出に20%の関税がかかり、自由貿易の特別区である香港は格好の関税回避地になる。

 また、シラスの流通には漁獲者、養鰻業者の間を集荷業者が複数の段階で仲立ちすることが珍しくない。シラスの取扱量を報告するよう漁獲者、養鰻業者以外の中間業者に義務づけている都府県はほとんどなく、透明性に課題を残している。結局、流通と養殖の過程で適法なシラスと違法なシラスが混在してしまい、そのまま市場に流通しているのが実情だ。適法・違法のシラスの区別は、極めて難しい。

 では、なぜシラスの密漁や密売は途絶えることがないのか。それは、時に「白いダイヤ」と呼ばれるほどシラスが高値で取引されることが一番の要因だ。裏を返せば、現行の公式売買システムがうまく機能していないことを示している。

 シラスの取引価格は年によって変動はあるが、水産庁の公表資料によれば、近年は高値を付け、17~18年期が1キロ当たり史上最高値の299万円、昨期が同219万円だった。1尾0.2グラムとすれば、わずか1尾で438~598円になる計算だ。豊漁だった今期は1キロ当たり144万円だった。

 海部准教授が指摘するのは、公定価格と全国の市場価格の差だ。獲ったシラスは同一県内の指定養殖業者に売り渡される決まりになっており、県外の業者には売れない。成魚まで育てて初めて県境を越えられる建前になっている。しかし、このルールは尻抜けになっている。当然ながら、公表された価格よりも高い値段で取引されているのが実態だ。

 17~18年期を例にとると、水産庁の公表価格は先述したようにキロ当たり299万円だった。ところがこの年、実勢の最高値はキロ400万円とも言われていた。そのシーズンに、例えば静岡県の県内業者への売り渡し価格は70万~130万円に設定されていた。正直に売るよりも高値で買い受けてくれる県外業者を見つけた方が、実入りが良くなる(注2)。

 この仕組みは、シラスの価格が安かった時代に、獲ったシラスを(安い値段ではあるが)必ず買い取って漁獲量を確保する目的で編み出された。それが価格高騰時代に移行すると、シラスを「安く買いたたく」システムに成り下がってしまった。明らかに時代状況と乖離(かいり)した制度が温存されていることで、漁獲の過少報告につながり、漁業者は正規の仕組みではなく、高値で買い取ってくれる業者へシラスを流すようになったと考えられる。

 私たちが消費するウナギの大半が養殖モノだとしても、もともとは天然のシラスを捕まえて育てているので天然資源に「依存」している実態は変わらない。

 こうした現状を少しでも変えようと研究されているのが、ウナギを卵から成魚まで人工的に繰り返し育てる完全養殖技術だ。独立行政法人の水産総合研究センター(当時=現・国立研究開発法人水産研究・教育機構)が、2010年に成功している。

 人工シラスの研究は1960年代にスタートした。完全養殖と呼ぶには、卵を人工孵化(ふか)させて成魚に育て、その成魚が産んだ卵を再び育てる一連のサイクルを確立しなければならない。科学的な意味では完全養殖の実現は画期的成果だ。それを採算が取れる養殖業として成り立たせるには、「どのようにすればウナギの子ども(受精卵から体長約5~6センチのシラスまで)が順調に育つのか?」について、最善の育て方を探ることが研究の核心だった。

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