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「スポーツ」の不思議な力に賭ける。 長期療養する子どもの未来のために。 北野華子|WIRED.jp - WIRED.jp

「重い病気の子がスポーツ?」と、誰もが思うかもしれない。難病で長期療養している子どもたちに激しい動きなんて、もってのほか。静かにベッドで寝ているべき──。そんな意見もあるだろう。

しかし、本当にそうなのだろうか。健康な子どもたちは友達と駆け回って遊び、笑い、ときにはけんかをして泣いたりもしながら、精神的にも成長していく。そんな“当たり前”を体験することなく、ただ指をくわえて見ているべきなのだろうか。

自身も難病で長期療養する日々を過ごした経験をもつ北野華子は、そんな“常識”に異を唱えた。病院での治療が優先される日々を送っていても、同世代と同じような思い出づくりができるはず──。導き出した答えが、「スポーツ」の力を借りることだった。

──長期療養中の子どもたちのために活動することは、かなり早い段階で心に決めていたそうですね。大学卒業後に資格取得のために米国に留学し、帰国後すぐに現在の活動に取り組んでいます。どういったきっかけがあったのでしょうか。

優れた発想力と革新によって「新しい未来」をもたらすイノヴェイターたちを支えるべく、『WIRED』日本版とAudiが2016年にスタートしたプロジェクトの第3回。世界3カ国で展開されるグローバルプロジェクトにおいて、日本では世界に向けて世に問うべき"真のイノヴェイター"たちと、Audiがもたらすイノヴェイションを発信していきます。

実はわたし自身が長期療養児だったんです。5歳のときに発症し、原因不明の難病と診断されて9歳のころから入退院を繰り返していました。大学に入学する直前になってようやく病名が判明したのですが、「家族性地中海熱」という難病指定されている病気で、わたしの症例が30番目くらいでした。

この病気は炎症が起き、熱や腹痛、胸や足の痛みがあり、盲腸の2〜3倍もの炎症反応が出ます。月曜日に熱を出して発作が起きると、また次の月曜日に発作が来るといった具合に周期的に炎症が起きる病気です。わたしの場合は幸いなことに病名がわかったことで治療の道が開け、15年の療養生活を経て同世代と同じように生活できるようになりました。でも、それまでは何の病気かもわからず不安なまま、症状が出るたびに入退院する日々を過ごしていたんです。

──それは大変な病気ですね…。症状が出ると学校にも行けないわけですね。

はい。でも5歳で発症していたので、わたしにとっては痛みがあることが当たり前で、日常生活に制限があることも、療養していたときは当たり前のことでした。でも病名がわかって治療が始まって、同世代の人たちと同じような生活ができるようになると、みなさんの日常とはだいぶ違うんだな、と初めて気づいたんです。

──療養中はどのような日常生活だったのでしょうか。

わたしの場合は病院の中だけで15年間を過ごしてきたわけではなく、病気と付き合いながら学校生活や日常生活を送っていました。こうしたなか、病気とどう向き合っていけばいいのか。退院後、療養を続けながら“日常”に戻っていくときにどう対処すればいいのか、そういったことは病院の先生には教えてもらえないんです。

それに長い療養生活という見えないゴールのなかで、どうすれば前向きにモチヴェイションを高めることができるのか。病気のため日々の生活には制約が多かったのですが、そうしたなかでモチヴェイションを見つけていくのが自分でも難しかった。だから、同じように病気で長期療養している子どもたちの選択肢や可能性を増やしていきたいな、と思ったのが活動のきっかけです。

難病で15年にわたって治療を続けてきた経験があるという北野華子。長期療養している子どもたちのために活動したいという思いは、自らの体験に根ざしている。

──北野さんが理事長を務めているNPO法人「Being ALIVE Japan」では、病気の子どもたちがスポーツチームの一員としてチームに入団し、練習や試合などの活動に参加する「TEAMMATES」のプログラムを展開しています。この活動では「青春」という言葉がキーワードのひとつになっていますが、ご自身にとっての青春とはどのようなものでしたか。

わたしは体を動かすのが好きで、小学校のころは走るのが速かったんです。最後に出た運動会は小学校5年生のときで、リレーの選手に選ばれて。体調が悪いなか、それでも頑張って走ったことで体調が悪化してしまい、その後は走ることができなくなりました。病気が発症して最初に制限されたのは、わたしの場合はスポーツでした。修学旅行や林間学校に行きたいという気持ちはあっても、周りも心配するし、何かあったときに対応できる環境がないので行けませんでした。

──そういった自身の経験が現在の活動につながっているわけですね。長期療養している子どもたちを支援するといってもいろいろな選択肢があると思うのですが、どうして「スポーツ」だったのでしょうか。

アメリカに留学していたとき、病院で患者さんたちがスポーツをしている現場を見る機会があったんです。わたしは「病気=スポーツができない」という固定観念がありましたから、病院でスポーツをしている様子を見てびっくりしました。

スポーツは競技のためというわけではなく、長期療養しているお子さんたちの自立や日常生活に戻るための体力向上が目的で、スポーツで自信をつけたり、社会性を育んだりするためのものでした。障害があることで感じるジレンマを、スポーツを通じて乗り越えられるようになる。そんな現場を見て、ぜひ日本にも持ち帰りたいなと思いました。

──日本の長期療養の現場では、体を動かすようなスポーツはしないのですか?

日本には院内学級がありますが、小学生の子どもたちは病棟にあるプレイルームの行き来くらいしか日常生活にはありません。医療がよくなって入院期間そのものは短縮されていますが、それでも月単位、年単位で病院にいるお子さんは多いです。

──アメリカと日本では現場のやり方も空気も違いますよね。日本への導入はどのように進めたのですか。

まず、自分が入院していた病院の院内学級の先生方に、「アメリカには激しい運動をするのではなく、仲間をつくり、仲間と一緒に体験するスポーツプログラムがある。日本でもそういう機会を提供していきたい」という話をしました。

手や足を使えない子も、体力が落ちている子も、一見すると元気だけれど経過観察中の子も、“できないこと”を見つけるのではなく、チームに参加することによって“できること”を見つける機会をつくりたいと思ったんです。そうして実際にアメリカの現場の様子や、自分が勉強してきたことを校長先生に話しました。そうして、先生が「ぜひやろう」と言ってくださり、導入にいたったんです。

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    1/5「病気=スポーツができない」という固定観念を覆していきたい。そんな北野の思いは、子どもたちにも確実に伝わっている。PHOTOGRAPH BY BEING ALIVE JAPAN

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    2/5子どもたちが“できないこと”を見つけるのではなく、チームに参加することによって“できること”を見つける機会をつくりたい──。それが北野の願いだ。PHOTOGRAPH BY BEING ALIVE JAPAN

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    3/5スポーツには不思議な力がある。性別や障害、国籍も関係なく、みんなの思いがひとつになる──。子どもたちにはそういう経験をしてもらいたいのだと、北野は力説する。PHOTOGRAPH BY BEING ALIVE JAPAN

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    4/5障害があることで感じるジレンマを、スポーツを通じて乗り越えられるようになる。そんな現場を米国で見て、ぜひ日本にも持ち帰りたいと考えたのだと、北野は振り返る。PHOTOGRAPH BY BEING ALIVE JAPAN

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    5/5スポーツの体験を通じて子どもたちだけでなく、家族やスポーツ選手たちも笑顔になっていく。そんな好循環が生まれている。PHOTOGRAPH BY BEING ALIVE JAPAN

──実際にやると決まっても、子どもたちによって病状が違うわけですから、現場で対応する先生方も大変ですよね。

そうなんです。初めての現場は緊張した雰囲気でスタートしました。でも、最終的に子どもたちや家族のみなさんの笑顔を見ることができました。それだけでなく、普段なかなかご飯を食べられない子が「体を動かしたあとのご飯はおいしいよね」と言ってくれたり、お医者さんや看護師さんも子どもたちとの会話が増えたりもしたようです。療養生活中のお子さんはもちろんのこと、家族や医療関係者、学校の先生にもよい影響を与えることができて、その話が徐々に広がっていきました。

──具体的に、どのようなスポーツのプログラムを導入しているのですか?

プログラムはさまざまで、バレーボールやサッカー、最近はラグビーなども取り入れています。病院内の教室でやっているので、まずは環境を整えることと、お子さんたちの身体条件を考慮しています。なかにはカテーテルがつながっていたり、手術で足に金具がついていたり、呼吸器をつけていたりするお子さんもいますから。

例えばラグビーだと、子どもたちがすべてのプレーを体験するのは難しいことが多いので、トライやパスといった競技ならではの特徴を抽出しながら、それを子どもたちがどうすればできるのか、どんなプレーならできるのかを考えていきます。最初はパスの練習から始めて徐々に自信をもってもらい、次にペアで、最終的にはグループでやる。

スポーツには不思議な力があるんですよ。なかなか言葉で表現しづらいのですが、性別や障害、国籍も関係なく、みんなの思いがひとつになる。子どもたちにはそういう経験をしてもらいたいです。経験することで、自分たちが同世代の子とは違うという感覚が薄れていく。これは病気と向き合う上で重要なことだと思っています。

──ラグビーボールに触ったりパスの練習をしたりできるだけでも、子どもたちにしてみたら「ラグビーをやったんだ!」という気持ちになってうれしいでしょうね。

そうですね。もちろん大きいラグビーボールをそのまま使えるわけではないので、子ども用の柔らかいものを探して使用しています。アメリカにはそういった道具がたくさんあるんですが、日本にはまだ少ないので、これからは増やしていきたいです。

──支援活動にはプロのスポーツ選手も参加されていますね。病棟への“部外者”の立ち入りは、感染症などの問題もあってハードルが高いのではありませんか。

はい。特に小児医療の現場では感染症に対して非常に厳しいので、アスリートの方たちにも予防注射を打ってもらい、感染症のチェックをしてから入ってもらっています。参加してくださっているアスリートの皆さんにも事前に説明をして、了承してもらっています。やはり子どもたちの家族にしてみれば、感染症が心配ですから。

活動に参加した子どもたちからメッセージカードが寄せられることもある。この体験から得られた前向きな気持ちが世代を超えて広がっていくことを北野は願っている。

──なるほど。外部からプロの選手がスポーツを教えに来てくれるというのはうれしいことですが、やはり家族は不安になりますよね。子どもたちにスポーツを体験してもらうとき、家族にも参加してもらうことが多いのですか。

はい。ご家族も、お子さんの療養で疲れていたり落ち込んだりしているので、子どもたちと一緒に参加してもらうケースが多いです。病院だからこそ一緒にできるということでもあるので、ただ見ているだけではなく参加してもらいます。

お子さんもご家族も一緒に療養していて、どちらも戦っているんです。ご家族にしてみれば、子どもが突然病気になって、何をしてあげたらいいのか、子どもと同じくらいわからない。わたしたちの活動を体験したご家族からは、「うちの子がこんなことできると思わなかった」と言ってもらえたりもします。

──実際にプロのチームに、メンバーの一員として“入団”しているお子さんもいるんですよね。

「TEAMMATES」の活動の一環として、最近ですとバスケットボールB.LEAGUEのプロチーム「川崎ブレイブサンダース」に入団したお子さんがいます。実は2年前、その子と同じ病気の子が「アルバルク東京」に入団しているんです。ご両親は同じ病気の子を探していて、どんな生活を送っているのか知りたかったそうで、わたしたちの活動をたまたまホームページで見つけたそうです。

こうして同じ病気の子のスポーツ活動が励みになって、この子も背中を追いかけるようにしてスポーツを始めて、同じチームに入団しました。このように、ほかのお子さんの前向きな療養生活が次につながるのだと実感しました。プロチームの協力があるのは本当にありがたいですね。

──ラグビーやバスケットボールなど、特にチームでプレーできるスポーツは子どもたちにとって得るものが多そうです。

そうですね。長期療養中の子どもたちは、どうしても同世代の子と比べてできないことが多いですから、仲間の存在、一員になれることというのは大きいです。チームの一員になって、自分のことを支えてくれる人がいる状況に身を置くことは、すごく大切なことだと思います。

──長期療養中の子どもたちだけではなく、健康な子たちも一緒にスポーツを体験する活動も展開しています。どういった効果が期待できますか。

病気のある子と健康な子が一緒にスポーツで対戦するプログラムを展開しているのですが、互いにとっていい刺激になると思います。病気のある子たちが健康な子と一緒に“同じ器”に入ったとき、自分はどうすればいいのか。健康なお子さんも、車いすの子と一緒にチームを組むためには、どうやって、何をしたらいいのか。そこで感じる戸惑いの意味を理解するには、言葉や映像による教育よりも、実践を通したほうがずっといい。固定観念をもたずにかかわれるのが、スポーツのいいところだと思います。

普通の教育では教えにくいことでも、スポーツでは実際に体験することで理解しやすくなります。子どもたちの強みを生かし、できないことをチームでカヴァーし、サポートすることで、自然と仲間意識が芽生えてくるんです。

重い病気の子どもたちが今日や明日のことだけを考えるのではなく、もっと先の未来を見られるように──。それを実現していくことが、北野のモチヴェイションになっている。

──現在の活動は北海道から沖縄まで、全国9地域にまで広がっています。いかに拡大していきたいと考えていますか。

まだスタートラインに立てているのかもわからない状況ですから(笑)。それでも小さいケースではありますが、少しずつは進められていると思います。なかなか効果を証明するのが難しい分野ではあるのですが、しっかりと現場で成果をだして効果を可視化していきたいです。

わたしたちが背中を押してきた子どもたちが、背中を押さなくても自信をもってくれることが活動の成果だと思っています。そういった子どもたちを増やして小児医療に貢献することが、わたしたちのモチヴェイションにもなっています。

──子どもたちの成長が楽しみですね。今後の活動について、どんなヴィジョンを描いていますか。

いま長期療養している小学生の子どもたちは、15年後には20代になります。わたしたちの支援を通じて「病気でも将来いろいろなことができるんだ」と思うきっかけが、いまのうちにできればいいなと思っています。そうして大人になってから、周囲の人たちにいい影響をもたらしてほしい。同じように病気と闘っている子どもたちにとって、励みになるような存在をたくさん増やしていきたいです。

わたしが療養していたときは、10年後のことなんて考えるのも難しかった。明日になれば痛みがやってくるかもしれないから、1カ月先のことを考えるのすら難しかったんです。その経験から子どもたちに、病気だからといって今日や明日のことだけを見るのではなく、もっと先の未来を見られるような長期療養生活を実現してもらいたいと思っています。

Audi Story 12

「TT」が受け継ぐ栄光の系譜

Audiがラインナップするスポーツモデルの代表のひとつが、コンパクトスポーツカー「Audi TT Coupé」である。1998年に誕生した初代Audi TTは、その優れた走行性能と本質を追求した無駄のないデザインによって極めて高い評価を受けた。そのルーツは、実は英国のマン島で開催されるオートバイレース「Tourist Trophy Race(TTレース)」に由来する。1938年にAudiの前身のひとつであるメーカー・DKWの「ULD250」を駆ったライダーが、このレースで優勝を飾ったのだ。以来、この勝利からインスピレーションを得て、スポーティなモデルに「TT」の頭文字が使われるようになった。その栄光の歴史は電気自動車の時代になっても、Audiの技術力と先進性を象徴するメッセージとして、かたちを変えて受け継がれていくことになる。(PHOTOGRAPH BY AUDI AG)

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