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この地球を愛するぼくらに「合成生物学」がもたらすもの:MEND THE EARTH#1|WIRED.jp - WIRED.jp

マイクロプラスティック、公害物質、地球温暖化ガス──。いまや人間が地球に残した「爪痕」はそこかしこに拡がっている。人間がもたらした環境破壊、そして崩れつつある生態系をテクノロジーは打開できるのだろうか? 急速な発展を遂げる「合成生物学」は、人間の進歩だけではなく、地球を回復させる手立てとなるかもしれない。すべての生命を遺伝子の檻から解き放つ、“地球のため”の合成生物学の可能性を考えてみよう!(雑誌『WIRED』日本版VOL.35より転載)

Richard Drury/GETTY IMAGES

サステイナブルな電子機器を目指して

数年前、米コロンビア大学の大学院生だったサイモン・ヴェッキオニは、目的とする構造をもつDNAの塩基配列のデザインに苦悩していた。彼がNASA(アメリカ航空宇宙局)から大学院フェローシップの補助金をもらって進めていたのは、DNAを“電線化”するプロジェクトだ。

通常DNAは電気を通さないが、DNAを構成するアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)の塩基のうち、シトシンが対になった構造の中心に銀の原子を挟み込むと電気が流れる。

彼が開発を進めるDNA電線は直径2ナノメートルで、原子10個分ほど。これは一般的な家電に使用されるものの約100万分の1の細さだ。「細いワイヤーは情報密度を向上させ、より高速で小型なデジタル革命を促します」と、ヴェッキオニは言う。

さらに、NASAとヴェッキオニの「分子電線」は非常に野心的だ。彼らの電線は、環境に優しく、再生利用可能なエネルギーによってつくられたものだからだ。「現在スマートフォンなどに使用されているワイヤーや回路は、スクールバスほどの大きさの機械でつくられます。このプロジェクトの趣旨のひとつは、その工場を世界一小さくすることです」。世界一小さな工場──つまり微生物が働く“バイオ工場”にまで縮小させようというわけだ。

ヴェッキオニが手がけるDNA電線の生成過程はこうだ。まず、機械学習を使いシトシン塩基入りのDNA構造をコンピューター上で設計する。そして、そのDNA構造を大腸菌に組み込んで、DNAナノワイヤーを大量複製する。あとはこのワイヤーを銀イオンの水溶液に入れれば、自己組織化したのち、DNA電線が出来上がる。

この研究で博士号を取得したヴェッキオニは、現在ニューヨーク大学で博士研究員として「DNA集積回路の3D構造化」の研究を進めている。ゆくゆくは、この技術を長期間の宇宙飛行に役立てる計画もあるのだという。

ヴェッキオニは、合成生物学というツールを使って、安価で環境に優しく、サステイナブルなバイオ電子機器を開発するという道を切り拓いた。

DNA電線の“バイオ工場”で、大腸菌が働くために必要な養分は、アミノ酸や糖などの再生利用可能なエネルギーだけ。「DNAは本質的に生分解性です。この回路は従来の意味での電子廃棄物にはなりません」と、彼は言う。現在、非生分解性の物質が使用される電子機器から、世界で年間約5,000万トンもの電子ゴミが発生している。もしこの技術が実用化されれば、その量は格段に減っていくに違いない。

生命を“ハック”する合成生物学

生物の遺伝子とは、基本的に「タンパク質のアミノ酸配列」を規定する情報のことを指す。したがって、目的とするタンパク質の生成や機能を担う遺伝子配列を生物のゲノム中から特定して、それを実験室で化学的にデザイン・合成すれば自由自在に生物を“ハック”することができるのだ。さらに、それらの“部品”となった遺伝子配列を用途に応じて別の生物(または同じ生物)のDNAに組み込むことで、既存のタンパク質がもつ特性を強化・向上させたり、自然界には見られない新たな触媒機能をもつ酵素を生産したり、新たな生物機能を構築することも可能になる。

つまるところ、このニーズに応じて注意深くデザインされた「生命システム」を実現する技術が、合成生物学なのだ。

合成生物学の分野は、2012年に開発されたゲノム編集ツール「CRISPR-Cas9」の台頭、そしてiGEM(国際的な合成生物学の大会)で用いられる「生物学的DNAパーツ」が普及したのち飛躍的な発展を遂げた。iGEMのBioBrick(バイオブリック)と呼ばれるこの“遺伝子パーツ”には、それぞれに標準化された構造や機能がある。

カタログ化されたこれらのパーツは、細胞に組み込むことができるように共通のインターフェイスをもっており、ウェブ上で設計・注文することができる。これを使うことによって、欲しい機能を実現する「生命システム」を誰もが簡単に構築できるようになったのだ。

関連記事:基礎からわかるゲノム編集技術「CRISPR」──争点は技術的問題から倫理的問題へ

「天然モノ」か「改変モノ」か

地球環境は驚くほど広大ですが、その大部分が人類の影響を受けています」。こう説明するのは、米コロンビア大学ラモント・ドハティ地球観測研究所のベンジャミン・ボスティック教授だ。地球化学を専門とする彼は、大気、土壌、水質を化学的に分析することで、人類が環境に放ってきた有害物質がどのように蓄積していくのかを研究してきた。

「テクノロジーの進歩が人間社会を豊かにしてきたと同時に、地球環境への影響力を増大させたことは驚くことではないでしょう。しかし、わたしたちが生んだ問題の要因となったテクノロジーを深く理解することから、解決の糸口が見つかる可能性があります」と彼は言い、こう付け加えた。「まさにその問題解決に特化した生物学の一分野が、合成生物学なのです」

生物学的な知識を利用すること自体は、さして新しいことではない。例えば「品種改良」がある。わたしたちの祖先は、何世紀もかけて有用な農作物や家畜などを人為的に選択・交配させ、理想とする形質に変化させてきた。完全な品種となるまでに、このやり方だと長い年月が必要となる。

しかし、それが合成生物学の手にかかると「どの遺伝子が何をするのか」さえ把握していれば、その形質を的確に、しかも瞬く間に手に入れることができるのだ。

とはいえ、同じ「品種改良」でも、ヴィーガン向けにReal Vegan Cheeseがつくるチーズには賛否両論が巻き起こるはずだ。彼らは、牛のゲノムの中の牛乳タンパク質を生成する遺伝子配列を改良・合成して、それを酵母菌に組み込んだ。新たな機能をもった酵母菌は、発酵の過程で牛乳タンパク質を効率よく生成することができる。

これを原料に使用した「ヴィーガンチーズ」は、まさに牛乳を原料としたかのような味わいになるのだ。それも広大な土地や資源を使うなど、環境負荷の大きい乳牛を育てる必要がないので、環境に優しく、論争の的になっている抗生物質やホルモン剤も投与しなくて済む。加えて、“動物性食品”ではないので、アニマルライツの問題からも解放される。

このヴィーガンチーズは原則的に遺伝子組み換え食品ではない。しかし、「遺伝子改変酵母」によって生み出されたチーズと聞いて、よい感情を抱く人はどれほどいるだろうか。同じような方法で合成されたインスリンやビタミン剤ならば抵抗を感じなくても、それが食品となると途端に嫌悪感を覚える人もいるだろう。けれど「天然モノ」が改良されたものより優れているという考えは、数学や自然科学を基にした技術よりも、ランダムであるほうがよいと言っているようなものなのだ。

ボスティックは、合成生物学の飛躍的な発展は多くの人々にとって非常に不自然に感じられるだろうが、頭ごなしに否定するのではなく、問題の改善のためには充分な可能性を検討するべきだと語っている。

さらに、合成生物学の倫理性については、こう指摘する。「合成生物学が、科学と生物学の“新時代”だという認識は捨てるべきでしょう。合成生物学は以前の“品種改良技術”がより迅速になっただけです。新たな技術ではなく、何世紀にもわたって行なわれてきたものがより洗練されただけだと捉えるべきです」

ボスティックは、世界中で1億5千万人以上の人々に健康被害を及ぼしている「ヒ素」に、微生物の特性を利用して対処することを提案している。「ヒ素は通常、土壌や底質の酸化鉄と結合していて、人体へのリスクはほとんどありません。しかし特定の条件下で地下水にヒ素が溶解してしまうため、地下水資源を利用する人のあいだでヒ素問題が表面化したのです」

ヒ素は酸素のない環境下で特定のバクテリアが鉄鉱物を溶解することで環境に放出される。そこでボスティックが提案するのが、ヒ素が付着する鉄鉱物を形成できる別の天然バクテリアを増殖させて溶解に対応するという方法だ。「この常在菌にエサを与えて成長させ、生態系でより普遍的なものにさせるのです。この場合には合成生物学に多く見られる遺伝子改変の要素はありませんが、ヒ素が付着する鉄鉱物の形成効率を向上させるような遺伝子改
変も行なえば、飲料水のヒ素濃度をより低く保つのに役立つと考えられます」

「進化のデザイン」にいま必要なコト

合成生物学は、対策が急がれるさまざまな地球環境問題に対処するための実用的なテクノロジーである一方で、その便利で簡単な遺伝子編集技術はバイオテロなどに悪用されうる潜在的な危険性をはらんでいる。特定の遺伝子変異体を数世代で急速に広め、生物の進化をコントロールできる「遺伝子ドライヴ(ゲノム編集技術により生物の個体群に広めたい改変を速やかに拡散させる)」のような技術は、外来種を駆逐することで、固有種の保全が可能になる一方、特定の生物種の根絶に加担する可能性もある。

自然界に放たれた遺伝子ドライヴをもつ改変生物が、想定の範囲外の進化を遂げた場合、生態系にどのような影響を及ぼすのかは、誰にもわからない。この技術の使用には、人類の倫理観が問われるのだ。

しかし、合成生物学の発展によって、遺伝子疾患をもつ人々の遺伝子を編集して苦しみから救うことができるだろう。また、遺伝子ドライヴ技術はマラリアなどの病原体媒介蚊をうまくコントロールする可能性をもっている。これから生まれてくる子どもたちを遺伝子編集で“デザイン”する未来も、そう遠くはない。

地球の歴史上初めて、人類は“進化”の縛りから解放された。「地球を救う手立て」である合成生物学は、人間を含む生命の進化すらもコントロールできる強力なツールへと急速に発展を遂げた。いまや「できるかどうか」ではなく「やるべきかどうか」が問われる時期が来ているのだ。

だからこそ、バイオセーフティやバイオセキュリティにかかわるポリシーの確立も早急に行なう必要がある。合成生物学を地球に応用することには倫理的なリスクが伴うが、それでも地球上に棲むすべての生物が過ごしやすい環境を取り戻すためにできることに目を向けるべきだろう。何も行動することなく、暮らすに値しない世界がこの地球に残されてしまうのならば。

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