Search

気候変動に「適応」する。それは敗北主義ではなくサヴァイバル戦略だ | WIRED - WIRED.jp

モリー・ウッド

『WIRED』US版のアイデアズコントリビューターであり、ビジネス、テクノロジーを専門に扱うラジオ番組「Marketplace Tech」の司会兼シニアエディター。「CNET」や『ニューヨーク・タイムズ』を始め、紙媒体、テレビ、デジタル、オーディオなど、ジャンルを問わずさまざまなメディアで、20年近くテクノロジーの分野をカヴァーしている。(@mollywood)

世界ではあまりにも長い間、気候変動をいかに抑制するかについて話し合われてきた。もちろん、成果もあった。例えば、カリフォルニア州では現在、送電網への電力供給の30パーセントを再生可能エネルギーで賄なっている。英国はここ2年間で、かなりのエネルギーを石炭火力発電に代えて再生可能エネルギーから調達するようになっている。さらに、2015年に採択されたパリ協定は、こうした生存に関わる問題についての国際協調という点で、とてつもなく大きな成果だったのは間違いない。

しかし、それだけでは充分ではない。大気中のCO2濃度は、いまや415ppmと、人類の誕生以降で最も高くなっているのだ。科学者によれば、これほどまでの濃度になったのはおそらく300万年ぶりのことだという。300万年前は、いまより海面が
約15〜18m以上高く、主要な氷河もまだ存在しなかった。

国際連合が19年5月初旬に発表した報告書によると、優に100万種もの植物および動物が絶滅の危機にひんしており、こうした動植物が存在しなくなれば人間の健康や安全が脅かされかねないという。一方、ご存知の通り、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による18年の報告書では、人間社会を崩壊させる温暖化を回避できるのは、あと12年間くらいだと言われている。

こうしたどこかで聞いたことのあるリスクを、全世界での異常気象の増加、環境難民の増加や食糧不足による地政学的な不安定化、海岸線の消失などと併せて考えてみると、なぜ気候に関する議論のテーマが抑制から生存へと移り始めているのかがわかる。科学者でコメディアンのビル・ナイが「フ◯ック」と言うほどの事態なのだ。

「緩和」と「適応」

「緩和」とは、気候問題に取り組む人たちがソリューション、テクノロジー、政策というものをひと揃いにして議論するときに使う言葉だ。緩和が功を奏せば、CO2排出量の全体的な削減や温暖化の抑制、さらには大気中のCO2濃度の引き下げや地球温暖化による影響の改善にもつながるかもしれない。

では、気候変動の影響下にある現状をどう生き抜くかについて話し合うときには、どんな言葉を使えばいいのだろう? それが「適応」だ。

適応は、気候変動に関する議論では新しい部類の言葉ではないが、世界規模での資金調達やアクションはほとんどみられない。だが近年、いやここ数カ月になって、状況が緊急性を帯びるようになってきた。

気候変動について研究や予測をして、警告を発するという自分の役割は本質的にはもう終わったと考えていると、ある著名な女性の気候科学者がわたしに話してくれた。実際に転換点はもう訪れており、いまとるべき方法はエンジニアリングとテクノロジーなのだと、彼女は指摘する。また、米国立ローレンス・バークレー研究所の気候科学者であるウィリアム・コリンズは、気候変動に関するIPCCの報告書を数多く執筆しており、「あと6本は書けたが、いずれも同じ主張になっただろう」と言う。そのため、コリンズは同研究所に適応のあり方を探るEnvironmental Resilience Accelerator(ERA)を設立して、現場に身を置いて仕事にとりかかれるようにしたのだ。

実際、パリ協定には適応という文言が記載されており、国連は気候変動適応ユニットを発展させている。町や州、国の単位でも適応への取り組みが進んでいる──適応(adaptation)の代わりに回復力(resilience)という言葉が使われることもあるが。各地域の気候パターンの変動を予測して、それぞれが対策を練っているのだ。

破滅の裏にある「救済」という希望

しかし、適応は長年の間、気候問題に取り組む人たちの間でタブー視されてきた。一部の人がそれを「降参」だと考えたからだ。1992年、アル・ゴアは適応を「一種の怠惰」だと言っている。戦いに負けてしまい、できるのは安全な場所に避難してなるべく多くのものが守られるよう祈るだけ、と言っているように聞こえるというのだ。適応という言葉が人を滅入らせるのもよくわかる──それでも、確かに必要なことなのだ。事実、ゴアは著書『地球の掟』のなかで、2013年までに緩和と並行して適応を進めることが「道徳的要請」だと述べている。

あるいは、SF小説やSF映画に多く触れてきた人であれば、気候変動がもたらす最悪の影響に適応するため、テクノロジーを用いるのに議論が巻き起こることは直感的に理解できるだろう──実際には、そこにいくらかの希望も描かれている。

一例を挙げよう。SFファンにとって世界滅亡後のシナリオは目新しくはない。それが、ロボットの暴動であっても、地球を居住不可能にする未知の天災であっても、ディズニー映画『ウォーリー(Wall-E)』に見られるような地球環境の荒廃であっても、あるいはキム・スタンリー・ロビンソンの小説『New York 2140』に見られるような実際の気候変動に着想を得た災害であってもだ。この小説では、たった数十年で海面が約30mも上昇して、ほとんど水没してしまった地球の姿が描かれている。

テクノロジーのおかげでこうした災害でも適応して生き延び、乗り越えることができる、という考え方はSFファンでない人たちにとっても目新しくはない。『New York 2140』で人々の生活が保たれているのは、水面下の建物を覆うダイヤモンドコーティングのようなテクノロジーのおかげでもあった。このコーティングが浸水を防ぎ、人々は冠水したマンハッタンに住み続けることができるのだ。SFでは破滅とともに救済も多く描かれており、そのなかに気候変動に打ち勝つ物語を見出すこともできる。

ウィリアム・ギブスンは小説『The Peripheral』で、人類の80パーセントほどがたび重なる戦争や、パンデミック、環境の崩壊によって死ぬ未来を想像している。この話ではあるときひとりの登場人物が、人類がかつて自分たちを救済する可能性のあったテクノロジーの開発の間近にいたことを思い、嘆き悲しむ。

一方、生存者たちは、空気中からCO2を取り除くナノテクノロジーを駆使して、建物をつくっていた。また、完全に修復した河川から発電し、光も生み出している。生き残った人たちは気候変動に打ち勝ったといってもよかった──だけど、あまりにも遅かったのだ。もし、遅くならずに済んだとしたらどうだっただろう?

もはやSFではなくサイエンス

現在、投資家や学者、起業家たちが、ナノテクノロジーに対応した、気候変動に耐えうる未来に向かって一歩ずつ進んでいるところだ。現時点で見られる動きは、新たに干ばつ被害に遭った農場の水を保全する精密な細流灌がい[編註:植物の根に対する水の供給を制御し、水の流出と蒸発を軽減するシステム]、気候変動の膨大なデータモデルを把握するための洗練されたアルゴリズム(これを使えば、ビルのオーナーや不動産開発業者のリスクに正確に的を絞ることが可能)、インターネットに接続した太陽光パネル(発電したエネルギーで水蒸気から清潔な飲料水をつくり出すもので、家や学校や建物が水道事業者から独立できる)をつくる新興企業などである。

関連記事気候変動の影響に値札をつける──成長する「気候サーヴィス」業界

適応は、かつて気候問題に対する取り組みの「哀れないとこ」と呼ばれていた。だが、こうした動きによって現実的で、希望をもつことができ、実現可能で、さらに論理的な対策であると見られるようになってきている。サイエンス・フィクションではなく、まさにサイエンスなのだ。

けれど、大ファンのロビンソンに電話をかけ、彼がこれまで長く取り組んできた環境災害もの──地球に関する作品(『Forty Signs of Rain』、『New York 2140』およびScience in the Capitalシリーズの3部作)と火星に関する作品(火星3部作)──について話をうかがったとき、彼は適応という考え方を緩和と比べながら激しく非難した。そのときのわたしの悲しみと驚きはわかってもらえるだろうか。

「ある種、文化的ファンタジーを表しているのかもしれません」と、ロビンソンは言う。「わたしは緩和による対策がぜひ必要だと言いたい。平均気温がいまより2℃から3℃上昇した地球に適応するのは不可能だからです。きっと悲惨な状況になるでしょう。文明は機能停止に陥る。それでも生存する人々は、適応したと言えるでしょう。でも、そんなものが本当にわれわれの望む未来でしょうか?」

気候変動を改善する必要がある、とロビンソンは主張した。カウボーイがガラガラヘビに噛まれたところから毒を吸い出すみたいに、空気中からCO2を取り出して温暖化を抑制または停止させる必要があるのだ、と。そのためには、それを可能にするテクノロジーの開発に集中して取り組まねばならない。その開発が実現してようやく、居住可能な地球を維持できるようになり、すでに破壊してしまったところも元に戻せる可能性が出てくる、と言うのだ。

適応を巡る金の動き

いまのところ、ロビンソンの主張が実現する気配はない。CO2排出量を緩和するテクノロジーに対するヴェンチャー企業投資はここ10年以上、低下の一途をたどっている。また投資家たちは、当初の太陽光や蓄電池のテクノロジーではあまりもうけられなかったようで、次世代の「クリーンテクノロジー」への投資は控えている。テクノロジー自体は進歩しているが、右肩上がりのリターンは出ていないのだ。

シリコンヴァレーは最近になっても、気候変動問題に対して意義のある関与はまったくしていない、というのが実際のところだ(イーロン・マスクは例外だが)。これは、控えめな海面上昇が起こっても、フェイスブックやグーグルなどの敷地が危機に晒されることを考えると、興味深い。

だが、ヴェンチャーキャピタル(VC)や個人投資家たちは、気候変動への適応がひとつの投資チャンスであり不可避でもあることに気づき始めている。気候問題関連の投資全体のうち適応への投資の割合はおよそ5〜6パーセントにとどまるが、今後必ず増えていくはずだ。ある投資家は適応について「現代の起業家にとって最大の課題」と呼んでいる。

ほかにもお金の動きはある。2018年10月に、ビル・ゲイツや前国連事務総長のパン・ギムン(潘基文)、世界銀行の最高経営責任者(CEO)クリスタリナ・ゲオルギエヴァの主導で適応グローバル委員会(Global Commission on Adaptation)が発足すると、世界銀行は2,000億ドル(約22兆円)の支援を約束した。気候変動と同様、適応にも関心が集まっているのだ。

これ以上、時間を無駄にはできない

ロビンソンの言っていることに耳を貸さないわけではない。変動した気候にわたしたちを適応させるようなテクノロジーを使えば、人々は汚染や、プラスティックの廃棄、CO2の排出、化石燃料の使用をこれからも続けてしまうのではないかと恐れる気持ちもわかる。カーボン「オフセット」によって実際にはそれほどオフセット(埋め合わせ)されないこともわかっている。

それにわたしは当然、メレディス・ブルサードが「テクノショーヴィニズム(technochauvinism)」(テクノロジーでなんでも解決できるとする考え方)と呼ぶ事態についても懸念している。

また、「未来はすでにここにある。ただ、等しく行き渡ってはいないだけだ」というウィリアム・ギブスンの言葉にもあるように、不平等の問題についても考えなくてはならない。人命救助のテクノロジーが皆に等しく行き渡り、しかも手の届く値段で利用できるという保証はないのだ。

関連記事甚大な自然災害が貧富の格差をさらに拡げていく

巨額のリターンによる会社の規模拡大を夢見て、気候変動に適応するためのテクノロジーに投資する人は、これまで気候変動問題でさんざん議論になった社会的・政治的問題の悪化に自分が加担しないか、注意する必要が出てくるだろう。富裕層が吐き出した汚染を貧困層が結果的に被り、お高い新たなテクノロジーによるソリューションの恩恵を受けられるのは汚染を生み出す富裕層だけ、ということになりかねない。

だからといって、テクノロジーは何の効果も生まないだとか、適応の対策はとるべきではないということを言っているわけではない。変化はもう起きていて、必要なのは確かだ。起業家や投資家、科学者、はたまたスタートアップのCEOを目指す人であっても、ソリューションを生み出すことはできる。いまこそテクノロジーの出番なのだ。これ以上、時間を無駄にはできない。

※モリー・ウッドが主催するラジオ番組「Marketplace Tech」では、気候変動適応の背景技術を扱うシリーズがローンチされた。シリーズの名は「How We Survive(われわれはいかに生存するか)」。議論やテクノロジーの進展具合に応じて、シリーズを進めていく予定だ。

雑誌『WIRED』日本版VOL.35 会員向けPDFのダウンロードを開始!
12月12日に発売された『WIRED』日本版VOL.35「地球のためのディープテック」特集号のPDFファイルが、SZメンバーシップ向けにダウンロード可能になっています。こちらからダウンロードのうえ、お楽しみください。

Let's block ads! (Why?)



"に" - Google ニュース
December 16, 2019 at 05:00AM
https://ift.tt/36EtEle

気候変動に「適応」する。それは敗北主義ではなくサヴァイバル戦略だ | WIRED - WIRED.jp
"に" - Google ニュース
https://ift.tt/2q0a0jR
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update

Bagikan Berita Ini

0 Response to "気候変動に「適応」する。それは敗北主義ではなくサヴァイバル戦略だ | WIRED - WIRED.jp"

Post a Comment

Powered by Blogger.