Netflixなどのストリーミングサーヴィスのホーム画面に設けられた「カルーセル」。回転しながら次々に動画をレコメンドしてくるさまは、まさに永遠に回り続ける“回転木馬”のようだ。“回転木馬”を回し続けることに辟易したあなたに、失われつつあるテレビのある特徴をヒントにした「新しいチャンネル」を提案しよう。
TEXT BY ADAM ROGERS
TRANSLATION BY AKARI NAKARAI/GALILEO
ILLUSTRATION BY SAM WHITNEY
NetflixやAmazon プライム・ビデオ、Crunchyrollといったストリーミングサーヴィスのホーム画面には、番組や映画のバナーが次々と切り替わる部分がある。これをインターフェイスデザイン用語では、「カルーセル」と呼ぶ。
自分が見ているスクリーンの枠が裏側で“回転”しているカルーセル(回転木馬)の一部を、切り取って表示しているのか。それとも、眺めている自分のほうがカルーセルに乗って映像配信の世界を回転しているのか。いずれにしても、このカルーセルはあちこちに置かれている。
ホーム画面をウェディングケーキに例えるならば、カルーセルはそのひとつの段でしかない。ご存じの通り、階層をいくつか下がると、ホーム画面は「想像力に富んだSFドラマ」と「タイムトラヴェルドラマ」は違うものなのだと訴えてくる。
プロファイリングの結果は、ユーザーそれぞれ異なるだろう。パートナーのNetflixのホーム画面には、中年夫婦をテーマにしたドラメディ(ドラマ+コメディ)の秀作がずらりと並んでいるようだ。
回り続ける「カルーセル」
問題は、とてつもなく長い時間を費やして、さまざまなストリーミングサーヴィスのカルーセルを回転させているということだ。45分ほど経つと、たいていは韓国の探偵モノや中東の高校を舞台にした超常現象ドラマなどに落ち着く。なかなかクールなドラマなのだが、そこにたどり着くころにはもう寝る時間になっている。
対照的だったのが、数週間前のある出来事だった。有料ケーブルチャンネルでたまたま放送していた西部劇映画「シルバラード」が素晴らしくよくて、うっかり夜中の1時半まで夜ふかしするはめになってしまった。しかも、この作品のDVDをもっているのに、だ。
そこで考えた。カルーセルなんて、やめるべきだ。こんな回転木馬は降りてしまいたい。たまには枠組みにはめ込まれずに、番組や映画を観たいのだ。
「視聴中コンテンツ」だなんて教えてくれなくても、20分で観るのをやめてしまった番組の続きが気になるなら、勝手に観ているはずだろう。本当に望んでいるのは、ボタンを押したら、あとはNetflixやAmazonやCBS All Accessが、何か観るものを差し出してくれることなのかもしれない。
それができたら便利ではないかと思いついたのは、わたしが最初ではない。2014年にはアンドリュー・サンプソンという開発者が、「Netflix Roulette(ネットフリックス・ルーレット)」というアプリを開発している。名前からだいたいわかるように、ルーレットを回すと番組をひとつお薦めしてくれるというアプリだった。
“テレビっぽくする”ためのアプリ
Netflix Rouletteは、SNSと検索サイトを合わせたようなサーヴィスの提供を目指すReelgoodという会社に吸収され、現在は同社のサイトで使えるようになっている。カテゴリーやジャンルだけでなく、映画データベースの「IMDb」や映画評価サイト「ロッテン・トマト」に掲載されたレヴューのスコアで作品を絞り込み、ルーレットを回す仕組みだ。
何度か試してみたところ、まずReelgoodが提案してくれたのが、ミニドラマシリーズ「ボクらを見る目」だ。すごく評判のいい作品だが、わたしが猛烈に愛していて、Netflixもたまに「人気急上昇中の作品」に入れてごひいきにしてくれている「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」のエピソード5なんかに比べると、気軽に観られるという感じではない。
再びルーレットを回すと、今度はハイクオリティなSFアニメ映画「アヴリルと奇妙な世界」が出てきた。認めよう、これはどんぴしゃだ。この作品を「子どもたちと一緒に観る映画」リストに追加して、もう一度ルーレットを回すと、次は加入しているすべてのストリーミングサーヴィスから作品を検索できるよう、メンバーシップ登録するよう要求された。しかし、それについてはお断わりしておいた。
Netflixは18年春、自身をより“テレビっぽく”しようと試みた。と言っても、HBOのようなケーブルテレビのことではない。「ぼんやりと観ていられるシャッフルボタン付きの機械」という、昔ながらのテレビを意味している。
これは実験的な試みで、NetflixのAndroidアプリのみで公開された機能だったようだ。『ハリウッド・リポーター』誌の記事によると、人気番組のエピソードをランダムに出してくるというこの機能は、“脳みそを使わなくていい”というよりは、新しい番組に出合うための機能なのだろう。
だとしたら、この機能も遠慮しておきたい。なぜなら本当に欲しいのはテレビのスロットマシンではなく、永遠にスクロールできる“テレビ番組の押出機”だからだ。ジャンルや俳優、テーマごとに分かれた“押出機”がたくさんあってもいいかもしれない。
失われたテレビ特有のある機能
ストリーミングとコード・カッティング[編註:ケーブルテレビから動画配信サーヴィスに乗り換えること]の時代には流行らない考えかもしれないが、ここで言っている押出機とは「チャンネル」のことだ。「〈好奇心をかき立てるSF〉チャンネルでは何をやっているかな?」──そんな独り言を言うかもしれない(パートナーはヘッドフォンをつけて、彼女だけのための〈好奇心をかき立てるSF〉チャンネルを眺めているだろう)。
BBCのコメディ番組「モンティ・パイソン」のコントのように、死んだ鳥を死んでいないと言い張りたいのではない。古い人間が単に、昔はよかったと嘆いているのでもない。これは、テレビの大事な機能のひとつを取り戻そうとする、ちょっとしたあがきなのだ。
ポストケーブルテレビ時代にスクリーンエンターテインメントを消費してきた人たちは、決まった時間に番組が「放送されている」という感覚を持ち合わせていない。けれども、一連のメディア理論では、テレビ番組を編成するときに常にいちばんの目標とされていたのは「時間という無形のものにかたちを与えること」だったと言われている。
そして、カルチュラルスタディーズの教授であるキャサリン・ジョンソンが13年に述べたように、コマーシャルこそがそれを成し遂げたのだった。コマーシャルは、「テレビの時間」にかたちを与えたのだ。
いまや、ストリーミングサーヴィスで観る番組を選ぼうと思ったら、わたしたちは自分で、自分の時間にかたちを与えるしかない。あるいは、どんどん下へスクロールしていって、時間つぶさざるを得ない。まるでNetflixに「いちばん下」や「終わり」があるかのように。
だからこそ「一気見」をするのだろう。「一気見」は時間にかたちを与えてくれる。YouTubeやNetflixの自動再生機能もそうだ。あと5秒で始まる次のエピソードを観たいかって? そんなの当たり前だ。ほかに何をするというのだろうか。
しかし、番組が次から次へと連続して流れてくれば、特定のテーマのテレビ向きの番組がまとまって流れてくれば、わたしの時間を「テレビを観る」というシンプルな行為に集中させられるかもしれない。うる覚えの再放送であれ、好みの映画であれ、あるいはよさそうに見える“何か”であれ、とにかくカルチャーを消費するのだ。
すべてのプレーヤーが新たな加入者を獲得し、引き止めておくために戦い続けねばならない“ストリーミング戦争”は、永遠に続いていく。そんななかで「加工されていないフィード」を再び提供してくれるサーヴィスがもしあれば、わたしは一生そこを観続けるだろう。それはきっと、カルーセルから革命への飛躍になるはずだ。
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March 04, 2020 at 04:00PM
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