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「閉鎖型」植物工場PLANTXは、地球規模の“転換点”になりうるか? - WIRED.jp

ビルの一角に佇む、巨大な矩形のマシン。完全に密閉されたそのマシンの中では、青々としたリーフレタスが出荷の時を待っている。一見、ただの植物工場のようでもあるが、PLANTXが編み出した環境パラメーターと、2万点のパーツからなるマシンが育んでいるのは、地球規模の課題解決につながる「可能性」にほかならない。(雑誌『WIRED』日本版VOL.35より転載)

PLANTXが開発した閉鎖型の植物生産機Culture Machineの内部。従来のオープン型と比べ、温度、光、CO2濃度、水の環境といった「育成に不可欠な要素」が、均一かつきめ細やかにコントロールできる。

中央区京橋3丁目。JR東京駅八重洲口から程近く、いくつか辻を渡れば番地が銀座に変わるこのあたりには、古くから画廊や出版社、あるいは小体な飲み屋や喫茶店がぽつりぽつりと存在する。そんな、昭和の趣き漂うエリアに佇むとあるビルのワンフロアに、日々、粛々と野菜を育てる機械があることを、おそらく近隣の住人たちは知らないはずだ。

変わらない風景のその奥に、高度なテクノロジーが潜んでいる。見えないところで、いつの間にか何かがつくられている。

そうした状況を生み出すテクノロジーこそがディープテックだとするならば、都市の一角で人知れず野菜を生産するPLANTXは、「ディープテックの本質」を体現しているスタートアップといって間違いない。仮にPLANTXが居を構えるビルがガラス張りだったとしても(つまり、近隣の住人たちの目にマシンの筐体が映ったとしても)、それが何の機械なのか判別つかないはずだからだ。PLANTXが開発したCulture Machineは端的に言えば植物工場だが、従来の植物工場とは異なり、量産タイプの生産装置としては世界初となる「閉鎖型」を採用しているのである。

Culture Machineの外観。LED照明、養液循環装置、エアコン、加湿器など、植物の栽培に必要な各種制御機器が内蔵されている。写真は「Sサイズ」で、栽培棚は4層。現在準備中の「Mサイズ」になると、生産量は約8倍になる予定だ。

2年かけて完成にこぎつけた渾身の制御ソフト

そもそも植物工場は、一般的な露地栽培や施設栽培、さらには太陽光型植物工場と比較した場合、極めて環境制御性に優れている。天候、温度、風、肥料、水といった「環境変動要因」が圧倒的に少ないからだ。その比はおよそ、露地栽培:施設栽培:植物工場=1000:100:1とされるが、近年における自然災害の頻度や規模を鑑みると、その比率は今後さらに開いていく可能性がある。PLANTXのCEO・山田耕資は語る。

「昨年も今年も、台風によって全国的に大きな被害が出ました。当然、農地が被害に遭ったエリアもあり、野菜の価格が高騰するケースも見受けられました。そうした状況を鑑みると、たとえ災害が起きても、少なくとも野菜は安定供給することができる植物工場の存在価値は、今後、より増していくかもしれません。オフィスビルや商業施設、あるいはマンションの一角など、従来の『農地』とはかけ離れた場所で野菜を生産できることが、植物工場の強みですから。その植物工場のなかでも、一般的な、ラックの上で植物を栽培している『オープンタイプの植物工場』と比べた場合、PLANTXが開発した閉鎖型のCulture Machineは、3〜5倍の面積生産性を達成しています」

写真左/山田耕資(PLANTXファウンダー&CEO):1981年東京都生まれ。東京大学大学院修了後、父・眞次郎が創業したインクスに入社。同社の民事再生申請時には、再生計画案を作成。2010年以降、日米計6社のヴェンチャーの立ち上げに参加。13年末、人工光型植物工場と出合い、世界の食と農に革新をもたらす技術と確信、創業を決意。14年6月、エンジニアリング分野で卓越した実績をもつメンバーとともにPLANTXを創業。写真右/山田耕資の父、眞次郎(PLANTX会長)。

Culture Machineは、装置全体を断熱材で密閉することで、光、温度、CO2濃度、水などの環境条件を均一かつきめ細やかにコントロールしているという。密閉しないと、「均一かつきめ細やかにコントロール」できないものなのだろうか?

「とあるオープン型の植物工場を調べてみると、棚によって温度が最大5℃違いました。1℃違うと生産量が10%変わることもあり、本来であれば無視できない差です。温度だけではなく、光・空気・水の各環境条件について、大きなムラがあることもわかってきました。その打開策として密閉型装置というコンセプトを考え、試行錯誤を繰り返し、最終的に光・空気・水を20以上のパラメーターに分け、個別に制御できる装置を開発しました。ただし、制御性を高めるだけではコスト増になってしまいます。生産性を大幅に向上させ、コスト面でも従来方式に勝るべく、今度は“植物成長制御ソフトウェア”の開発に取り組みました」

ソフトウェアによる「植物の成長管理」を目指したPLANTXのメンバーは、植物工場における栽培理論に関する300本以上の論文に目を通し、「計算式」を組み上げることに成功。その計算式をもとに、植物成長制御ソフトウェアの制作に取りかかった。完成までには2年の月日を費やしたが、その間、山田を含むメンバー全員がほぼ無給で働いた。

「植物成長制御ソフトウェアは、もくろみ通り極めて有効でした。とあるオープン型植物工場に導入したところ、導入後4カ月で工場の収穫量を2倍にすることができました。ソフトウェアのパフォーマンスをさらに引き出すために、いままで以上に環境制御性の高い装置が欲しくなり、自分たちで開発したのがCulture Machineというわけです」


 
PLANTXが編み出した植物成長制御ソフトウェアは、室内温度や湿度、飽差、CO2濃度、養液濃度といった「状態変数」だけではなく、正味光合成速度、蒸散速度、給水速度など、植物の成長速度に関係する「速度変数」の管理が可能になるという。

「例えば『飽差』は、空気中の水蒸気の飽和度合いを表す値です。植物の水分吸収速度やCO2吸収速度は、気孔開度により変化します。その気孔開度は飽差によって変化するので、とても重要です。植物の『蒸散速度』と密接に関係しているので、成長速度を管理するためには極めて重要な指標になります。また、植物工場内のCO2バランスから算出する『正味光合成速度』は、成長速度に直結する最重要の管理項目のひとつです。これらの速度変数を管理することで、例えば量産工場の生産の安定度を増すことができますし、栽培実験の際には成長速度への影響をダイレクトに確認しながら環境条件をさまざまに変えていくことで、短期間で多くの成果を上げることができます」

PLANTXアッセンブル!

植物工場に関する研究開発は、海外においても活発化している。例えばMITメディアラボでオープンアグリカルチャーの研究を進めるケイレブ・ハーパーは、人工知能(AI)によって最適な栽培条件をはじき出す研究を行なっている。

「日本と比べると、海外ではより多くの資金と優秀な人材が投入されています。しかし、植物工場の社会実装と普及に関しては、今後も日本がリードできると思います」

そう語るのは、山田耕資の父である山田眞次郎(PLANTX会長)。山田眞次郎といえば、1990年にインクスを設立した人物として経済界にその名を知られた稀代のアントレプレナーである。3次元CADと光造形技術を活用した「精密金型」を高速製造することで、製品開発期間をおよそ1/10に短縮。日本のものづくりに革命を起こしたその実績を買われ、小渕恵三首相(当時)の私的諮問機関「ものづくり懇親会」のメンバーに名を連ねたこともある。最盛期は売上高104億円、新丸の内ビルディングの3フロアにオフィスを構え、従業員は1,400人を数えた。しかし2009年、リーマンショックの煽りをまともに喰らい経営破綻。つまり、経営者として一代で栄華を極め、そして辛酸を嘗めた男、それが山田眞次郎なのである。実はPLANTXは、山田父子に加え、インクス時代の部下数名が集結することで始まった、ものづくりのスーパーチームだ(ほどなく、ホンダやパナソニックといった企業で鍛えられた腕利きのエンジニアも加わった)。

山田眞次郎(PLANTX会長)。1949年広島県生まれ。74年に青山学院大学理工学部機械工学科卒業後、三井金属鉱業に入社。90年、同社を退社しインクスを創業。3次元CADと光造形技術を活用した「精密金型」を高速製造することで製品開発期間をおよそ1/10に短縮するなど、日本のものづくりに革命を起こす。2009年、リーマンショックの影響で経営破綻し、代表を退任。13年末に人工光型植物工場と出合う。

「PLANTXは、医療機器を開発していた電気・電子技術者や、産業用工場の工程制御システムを開発していた情報技術者などが集まった工業系の技術者集団です。このCulture Machineは、そんなわれらが5年の歳月をかけてつくり出した機械です。部品点数は自動車並みの2万点。クルマをつくれる国が限られているのは、多くの部品を組み合わせて製品をつくることが難しいからです。日本の量産産業は斜陽ですが、半導体装置や液晶ディスプレイをつくる装置といった『生産装置をつくる技術』はいまだに世界トップクラスです。AI単体ではGAFAなどの企業に負けるかもしれませんが、この機械を『装置とAIとIoTを組み合わせた生産装置』と考えれば、彼らに負ける気はしません。この『組み合わせで勝負する』方式は、PLANTXだけではなく、日本のものづくりが今後も生きていける道ではないかと思います」


 

山田眞次郎は、熱くこう続ける。

「Culture Machineを形成する2万点のなかには、先端のテクノロジーばかりではなく、日本ではもう枯れてしまったテクノロジーも含まれています。例えばCulture Machineの設計には、ホンダで長いことエンジンの設計をしていた67歳のエンジニアも参加しましたが、そこには古いテクノロジーが使われています。より正確に言うと、装置の構造自体は新しいのですが、技術自体は従来のものを組み合わせています。しかもそれを植物生産機用につくったのは、もちろん世界初です。

今後、Culture Machineは輸出を考えていますが、食料問題というグローバルな課題を日本の眠った技術が解決するかもしれないというのは、とてもロマンがあるし、勇気づけられる日本のエンジニアも多いのではないかと思います。

重要なのは、こうした『ものづくりの物語』を次世代に伝えていくことなんです。『日本は昔いちばんだったけれど、いまは存在感がないよね。それでいいの?』ってことを若い世代に問いたい。もっと言うと、再び世界でいちばん儲かる国にならなくてもいいけれど、技術で世の中をよくしたいちばんの国にしていきたいと、ぼく自身は考えています。実のところ、日本はまだまだ大丈夫だと思います。ものづくりに強いという利点は、今後、じわじわと武器になっていくはずです」

「あなたのため」の野菜をオーダーメイド

「植物の育成に最適な環境をつくるパラメーター」と、それを可能にする「2万点のパーツからなるマシン」の内製に成功したPLANTX。彼らの次なる挑戦は、パーソナライズドされた野菜を生産することだという。山田耕資が説明する。

「いろいろな環境条件をコントロールすることで、ヴィタミンCやベータカロテンといった栄養成分を調整することが可能です。例えば同じ品種でも、LEDのスペクトルや水温、肥料濃度などを変えることで、含まれる成分を随分変えることができます。

実際、希望者の肌を分析し、『あなたの体質に合った野菜はこれです』『疲れているようなので鉄分が多めの野菜をつくりました』『肌がキレイになる野菜をお送りします』といったパーソナライズドされた野菜を個別につくる実証実験を、製薬会社や化粧品会社と進める予定です。あるいは、エグみを抜いたり、葉っぱを柔らかくしたり、噛みごたえを増したりといった嗜好のパーソナライズに対応する実験も進行中です。こうした取り組みを、外部の科学者の力をお借りしながら進めていきたいと思います」

野菜は通常30日で出荷(写真は29日目)。その間、デジタルカメラ、照度センサー、CO2流量センサー等のセンサー類や設備によって室内はきめ細やかに管理される。優れた環境制御性によって水温やCO2濃度といった「状態変数」だけではなく、正味光合成速度や給水速度など、植物の成長速度に関係する「速度変数」の制御も実現。その技術を磨くことにより、自動車工場のような信頼性と効率性をもった植物工場の実現をPLANTXは目指している。

科学者との協業について山田眞次郎が自嘲ぎみに補足する。

「スマホのように指紋でピッと押すと、ひとつの棚がその人仕様になり、『こういう体調だからこういう野菜にしよう』といった感じで自動でパーソナライズドされていく将来像を、先日リバネス(代表取締役グループCEO)の丸幸弘さんと語り合いました。パーソナライズドされた野菜をパウダー状に加工し、サプリとして送ることもいずれオートメーションでできるはずで、すでにその予備実験がリバネスのラボで開始されています。

ぼくらは植物をつくるのではなく、あくまでマシンをつくるテクノロジスト集団です。『温度を上げたら野菜が大きくなった』としても、なぜそうなったのかはわからない。テクノロジーにはノーベル賞がないでしょ? エジソンもフォードもジョブズも、あれだけの功績がありながらもらっていませんよね。サイエンスはテクノロジーより上に位置するんです。でもとにかく、ぼくたちはスタートのスタートを切ることができました。もう誰も追いつけません。自分たちで開発するより、ぼくたちのマシンを買ったほうが安いし早いですからね(笑)。あとはサードパーティがこのマシンを使ってどういうビジネスをつくっていくかを考え、課題を解決していくフェーズです。そこも、日本っぽくていいと思っています。

大きな宿題があるとすれば、エネルギーをどうジェネレートしていくかという点でしょうか。現状は葉菜類が中心ですが、根菜や果樹など、事業として黒字化できる品目も幅が拡がっていくでしょうし、アクアポニックス的に魚を使ったサステイナブルな仕組みも考えられます。その土地の環境をマシン内で精緻に再現できるので、その土地に合った植物や穀物の栽培も可能です。そしていずれは、宇宙空間での栽培にもチャレンジしたいと思っています。

閉鎖型植物工場の可能性に気がつき、ソフトウェアの開発に2年。Culture Machineを組み上げるまでに5年。ようやくここまで来ました。そしてついに、ぼくらの技術なら、食料問題という地球規模の課題に対して少なからず貢献できるのではないかと、実感できるところまでたどり着きました。いまは、その可能性を上げる努力を続けていくことが使命だと考えています」

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