一部の国で高値で取引され、密猟が問題になっているサイの角。この問題を解決するために、本物そっくりの模造品をつくる方法が開発された。原料はなんと、馬の毛だ。フェイクの角を流通させて本物の需要を減らす狙いもあるというが、どうやら話はそう簡単ではないらしい。
TEXT BY MATT SIMON
TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO
模造品の経済学は単純である。リッチな人々は高級ブランドのバッグを買い、それほどリッチでない人々は偽物を選ぶ。両者とも同様に浅はかではあるが、これによって後者は予算が限られていることを世間に知らしめている。
高級ブランドは模造品を好まない。模造品は最終的な利益だけでなく、ブランドの価値まで毀損するからだ。こうした原則を、サイの角の取引に適用しようと試みている科学者たちがいる。本物だと思わせるような人工の代替品を生産し、市場に投入しようというのだ。
『Scientific Reports』に11月8日付で発表された論文では、馬の尾の毛からフェイクのサイの角を製造する方法が説明されている。研究者たちによるとこの方法は、これまでに試みられたいくつかの方法より簡単であるだけでなく、より本物らしい模造品を生産できるという。
フェイクで狙う市場の混乱
論文の共同執筆者であるオックスフォード大学の生物学教授フリッツ・ヴォーラスは、「非常に高価な商品があったとしても、優れた模造品によってその市場を飽和させることができれば、価格を下げざるをえなくなると経済学者たちは論じています」と語る。それによって密猟で得られる利益が減り、絶滅危惧種を救うことに役立つかもしれないというわけだ。「市場を混乱させることを期待しています」
批判がないわけではない。サイの角の取引を研究している保護団体などは、フェイクの代替品をつくることが絶滅危惧種の保護につながるとは考えにくく、かえって問題を悪化させる可能性があると主張している。
オックスフォード大学の研究チームは「本物らしさ」を追求した。つまり、バイヤーたちを“混乱”させることができれば、角を入手しようとする人々が安い商品で欲望を満足させたり、本物ではないものを買うことに用心深くなったりすることによって、そのうち角の価格破壊が起きると考えたのだ。
実はサイの角は「骨」でも「歯」でもない
サイの角は、骨でできているシカの角や、巨大な歯である象の牙のようには成長しない。鼻から伸びた毛でてきていて、皮脂腺からの分泌液で固くくっついている。今回の新しい手法では、サイに最も近い親戚である馬の毛が使われた。
馬の毛の表面は人間の毛と同様にうろこ状になっているが、サイの毛は滑らかだ。このため研究チームは、馬の毛の外側の粗い層を、臭化リチウムを使って化学的に溶かして除去した。続いて馬の毛を筒状に束ね、絹とセルロースからつくった物質を使って固めた。
「これを磨くと、サイの角に非常によく似た外観になります」と、ヴォーラスは言う。断面もよく似ているし、化学的分析や力学的分析でも同様だ。「つまり多くの点で、サイの角に似た物質ができたことになります」
ほとんど区別がつかないような模造品ができれば、保護論者たちは新しい市場をつくり、本物のサイの角の需要を減らすことができるのだろうか。
これは経済学で注意が必要な点だ。一部の保護論者は、偽物の角が本物の角の広告のような役目を果たすことになるのではないかと懸念している。世界自然保護基金(WWF)の取引監視ネットワークであるTRAFFICのシニアディレクターを務めるクローフォード・アランは、「市場の需要をさらに増加させ、新しい世代や特定層の消費者全体にまで取引を広げてしまう可能性があります」と指摘する。
リッチな人々は引き続き本物を欲しがる
サイの角が狙われる理由はふたつある。中国の伝統医学では、サイの角は発熱の治療に使われる(一部で言われているような媚薬としてではない)。ヴェトナムでも人気があり、どちらかと言えばステータスシンボルとして求められている。
「これらの市場のどちらにも、人工のサイの角のようなものが受け入れられる場所はありません」と、「セイヴ・ザ・ライノー・インターナショナル」の副事務長を務めるジョン・テイラーは指摘する。「アジアで活動している保護団体は、それが国際的な団体であるか、アジアを拠点とするものかにかかわらず需要の削減に取り組んでいて、サイの角を使わないように人々を教育する試みを行っています。医療目的なら、ほかの何かを使うことができます。ステータスシンボルであれば、やめるべきです」
この問題の核心は、先例がないという点だ。サイの角の完璧なレプリカをつくり、市場を飽和させて何が起きるかを見届けた人はこれまでひとりもいない。UAEのシャルジャ首長国にあるアメリカン大学シャルジャ校でサイの角の取引を研究している経済学者のエイドリアン・ロペスは、「われわれはまだ、人工の角が消費者にどのように認識される可能性があるか、つまり本物の角と同じように贅沢品としてみなされるかどうか、完全に理解している段階には達していません」と語っている。
模造が完璧であれば、市場に出回る本物のサイの角を完全に置き換えることは可能かもしれない。しかし、それが区別できる場合、超リッチな人々は本物を求めて、さらに高い金を払うだろう。
偽のデザイナーバッグの例に戻れば、自分たちが手に入れるものが偽物であることを十分に知りながら、模造品をステータスシンボルとして買う人々はいる。その一方で、リッチな人々は引き続き本物の商品を買う。つまり、フェイクのサイの角は、友人をだまして自分たちが超高級品を手に入れたと思わせるだけでいいと考える買い手たちにとっては魅力的かもしれないが、リッチな人々は引き続き本物を欲しがるのだ。
「偽のバッグが出回れば、市場の特定層では本物のバッグの需要が減るかもしれません。しかし、本物を手に入れるための金額を喜んで支払うという消費者は常に存在します」とロペスは言う。
真に取り組むべきこと
問題はまだある。国際法では、サイの角とみなされるものを流通させる行為は、それがたとえ本物でなくても違法となるのだ。「偽物が非常に素晴らしい出来栄えであれば、実際に密猟・密輸されるサイの角を摘発しようと努力する警察の仕事が、途方もなく困難になります」と、セイヴ・ザ・ライノー・インターナショナルのテイラーは語る。
論文を発表したヴォーラスは、フェイクのサイの角を開発する過程で多くの経済学者から意見を聞いたという。「保護主義者の人々は、『いや、それはサイにとって状況がさらに厳しくなるだけです』と言います」とヴォーラスは言う。「経済学者の意見は、この市場を何かで飽和させれば価値に影響を与え、価格は下がるだろうというものです。それによって本物の角がさらに貴重なものになるかもしれませんが、現状以上に貴重なものになるとは思えません」
この市場を攻撃したいと本当に思うなら、現場で取り組まなければならないとテイラーは言う。つまり、ソーシャルメディアを利用して教育を行い、サイの角に代わる持続可能な代替品を伝統医学の医師たちに広めてもらう。さらに、例えば中国とヴェトナム国境の両側で警備部隊と協力するなどして取引ルートを断つのだ。
変化は研究室から生まれるものではない、とテイラーは語る。「正直なところこの研究は、何が可能かについては真剣に考えているとしても、自分がやるべきかどうかについてはそれほど真剣に考えない事柄のひとつだとわたしは思っています」
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December 26, 2019 at 03:00PM
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